前回までのあらすじ

 

フリートの霊圧が.....消えない......?

 

 

 

 

 

【第2傷】 紫色(ししょく)のヒヤシンスは夜に咲く

 

 

 

 

んーーーーーーーーーー。

 

 

 

「まさかあんな所で出くわすなんて.........、本っ当最悪。」

8:00 PM

明かりの1つもない部屋だった。

夜目が効く人間か猫ならば床に散らばった洋服やケーブルに気づけたか。

『休息を取る』という、部屋としての役割を最低限にしか果たさない部屋に黒い少女は帰って来ていた。

電気を付けることもせず、ぼふんっ!と音を立てベッドへ倒れ込むみー。

布団が汚れる事は気にならないのだろうか。布団製造業のおっさんがこの光景を見ていたら多分泣いている。

そんなイマジナリーOSSANの存在など意に介さずに倒れ込んでから数分が経過していた。

さっきから枕に顔をうずめながらブツブツ言っているが聞き取れない。

「はぁ........」

急に大きなため息をつき、赤色の線が芸術的に入った布団から起き上がり黒一色の部屋から出ていく。

彼女の仕事が、今日も始まろうとしていた。

 

 

月明りで照らされる部屋。

カーテンが不規則に揺れ、電気も付けず壁に向かって佇む少女。

その双眸はまるで獲物を見つめる肉食獣か。

その場で黙りこくる『それ』に追い打ちをかけるように、左手を使って動かぬように抑えている。

右の手に鈍く光る得物は獰猛な鷹のごとく舞い上がり

まるで作業の様に、日々のルーティンワークの様に機械的に。

振り上げられた包丁は無慈悲に振り落とされ

そして━━━━━━

 

「だから料理するときくらい電気付けろって何度言えばわかんのさ!!? みーは電気代なんて気にしなくていいんだよ!」

 

明るい男の声と共に勢いよく電気が付いた。

黒を基調とした、何と言うかまぁ.....、大学デビュー時のまま数年間過ごしてきたような男に対して妹の対応は事務処理よりも簡潔だった。

「兄貴こそ、料理中に急に声かけてくるの止めてって何度も言ったよね・・・?」

「バッちょおまっ、包丁持ったままこっちに来るなって、怖い怖い怖いから!!?なんか口紅がペニーワイズみたいになってるしって違う何も言ってないからとりあえず包丁を降ろしてくれませんかねぇ!?!」

「まずは兄貴から下ろしてあげようか?あんた肉少ないし3枚にできるかなぁ?」

「誰が上手い事言えと!? じゃなくてほんとに降ろして怖いんだけど!?!?!」

黒かった家に、悲鳴と明かりが広がった。

 

 

今日は金曜日なのでカレーです☆

「ハフハフ......、だから毎回言ってるけどさぁ..フーフー。 ハフ親父も俺もみーも日中は仕事やら学校やらで家にいないんだしンック。普通に電気付けろよ、大して電気代なんてかかんないんだから。」

この兄は食事中と言うのによくしゃべる。が、この兄がこれなら妹も妹であろう。

「それ以上無駄口叩くなら明日から兄貴だけ晩飯抜きね」

「ささやかな交渉に対する要求がハード過ぎないかなぁ!?」

重いカウンターを喰らった兄の口から垂れているのはカレーか血か。

しかし、みーのスプーンと右ストレートは止まる事を知らないようで

「カレーが覚める前に食べ終わらないと皿洗いしてもらうから。」

「自然な流れで新ルール追加してくるの止めてくれる!? せめて緊急メンテくらいの時間は欲しいよ!!」

猛抗議するが妹を前にした兄は何よりも弱い生き物なのだ。

カワイイ妹の眼力で屈してしまうのは可愛さ故か恐怖心故か。

「ま、まぁ皿洗いくらいするけどさぁ·····」

「へぇー、皿洗いくらい(・・・)、かぁ。兄貴が一体どんな皿洗いを見せてくれるか楽しみだよ」

明らかに重みのあるブローを喰らってもそこは兄。1人でこの作品のツッコミを担う男の心は、ある意味無敵であった。

「ねぇなんでさっきからそんなに突っかかってくんの!? 学校で何かあったのかな!?」

「っっ........。」

彼女の心が大きく揺れ、烈火のごとき毒舌が止んだ。

地雷をタップダンスで踏み抜いてしまった道化師(バカアニキ)は5秒ほど遅れて口を開いた。

「...........、そういえば。」

 

「覚める前に食べ終わらないと皿洗いだっけ? 参ったなぁ。」

この兄貴、とぼけるのは苦手らしい。

 

 

食事を進めようとしてみても、2人の手は重い。

だが、沈黙を破るのはいつだって兄の仕事だ。

「今までずっと母さんの役割してくれてるのは本当に助かってるよ。家事してくれて飯や弁当も作ってくれて。」

話しかけられた少女はスプーンを止めず、顔も上げず。

ガン無視される兄はでもよ、と続け

「みーだってもっとお洒落して友達と遊んできていいんだって!俺のお古だってレディースものじゃないんだし生地はヨレてきてるし。」

そして告げる。妹の為に。決定的な言葉を。

兄の目をした青年は妹の顔を正面から覗き込むように。

まるで挑みかかるように。

 

「昔仲良くしてた、しーちゃん、だっけ?あの子今でもうちの前で見かけるよ?」

みーの表情に変化があった、気がする。

彼女の顔はまだ見えない。

 

「ここ数年全然関わってないみたいだけどさ、しーちゃんはみーの事心配してくれてるんじゃないの?」

みーの肩がビクッと動き、明確に感情が噴き出しているのが分かる。

彼女の顔はまだ見えない。

 

「あれだけ大切にし合ってた友達なんだ。ここまでなるなんて何かあったんだろうし、それについて聞く気もない。」

でもな、と最後に兄はこう言った。

それ(・・)、お前の本心じゃないだろ。」

 

言い切った彼は愛する妹の様子を数秒見守ってから、己に課された新ルールと向き合うために流し台へと向かった。

 

彼女の顔はまだ見えない。

 

代わりに、手元のスプーンとテーブルが濡れていた。

 

 

『みーちゃんは色んな事を知っててすごいね!』

『みーちゃん黒色似合うんだ·····、とってもかっこいいよ!!』

『━━残念ながら、奥さんの容態は』

うるさい。

『みーちゃん最近元気ないけどどうしたの?』

静かにしてて。

『恐らく、このまま回復する見込みは·····』

黙ってよ··········。

『今までみーちゃんに元気を貰ってたから、』

黙って·························。

『おか  あ、  さ       ん    ?』

もう止めて····················。

 

『私がみーちゃんを元気にしてあげるね』

 

 

「止めてって言ってるでしょ!!!!!!!」

 

黒い部屋だった。

散乱したケーブル、散らかったインスタントラーメンの殻、謎の置物、そして、汗だらけのベッド。

「ハァッ··········ハァッ···············ハァ···············。」

右の掌を額に当てる。

どうやら手先は冷えていた様で微かな冷気が心地いい。

身体の熱が引いていくのを感じながらみーは思考する。

(ここ何年も見てなかったのに··········。まさかあの時の夢を見るなんて·····。)

 

2:48AM

 

今宵の月は長くなりそうだ。

 

7

 

じっとしてても眠れないし、目をつぶりながら昔の事でも思い返してみようかな。

どうせアンタ達も気になってるんでしょ?

·····私としーの間に何があったのか。

別に大喧嘩したとか、そんなわけじゃないから。

まぁ一方的な喧嘩別れって言われたらそれまでなんだけどさ....。

言っとくけど、中学までは仲良かったんだから。

しーはとっても可愛らしくておしとやかで、私じゃ絶対になれない”THE・女の子”って感じの本当に魅力的な子なの!!

ちょっとおバカな所はあるけど、ひた向きに頑張るあの子を見てるとこっちまで元気になれるし。

着てる服もお花みたいに華やかで一緒に居るだけで幸せが咲き乱れるの!!

だから、そんなあの子を自ら突き放した私は私を許せないし、もうあの子前に立つなんて許されないんだよ。

 

私としーが中学に上がるあの桜の日。

お母さんが、死んだの。

わき見運転してたトラックに轢かれたらしいの。

でも、最初はなんの事かわからなかったの。

中学に慣れてきていつものように家でしーと遊んでたら、急にお父さんが家に帰って来て。慌ただしそうにしてて。いろんな所に電話してた。

そして兄貴と一緒に車に乗せられて。病院に連れてかれて、さ。薄暗いベッドで、お母さん、が、さ、寝てて、さ。

お医者さんとお父さんがお話してた。

その時の事は嫌でもよく覚えてるの。

 

『妻はっ.......、妻は助かるんですよね!?!?』

『もう少ししたら目を覚ますんですよね!?』

『━━残念ながら、奥さんの容態は』

『恐らく、このまま回復する見込みは無いでしょう』

 

 

それからいつの間にかお葬式が始まって、黒い服の人たちがいっぱいやってきて、お父さんも兄貴もたくさん泣いてたんだけど、なんでか私は泣けなくて。

それで、また学校に行って。

あの子は優しいから。

多分すっごい落ち込んでたんだと思う。。

だからあの子は心配してくれて、声をかけて今までより一緒に居てくれて。

でも、その優しさに触れる度に、お母さんの優しさを思い出してっ。

思い出すから、居なくなっちゃたんだって、実感が湧いてきて。

辛かった。

あの子に優しくしてもらうのが痛かったの。

 

だから、

だから、

だから、

 

「もう止めてって言ってるでしょ!!!!!!!」

 

叫んでからハッとしたよ

あの子の、しーのあんな顔見たことなかったし。

当然だよね。

大好きな友達に、どうにか元気になってもらいたくて色々してた友達に、

「もうやめて。関わらないで」

なんて言われたら普通縁切るよね。

私もそうなると思ってたのに。

 

でも、あの子は”普通”なんかじゃなかった。

いつまでも私の”特別”な友人で居てくれた。

 

だからこそ、彼女を裏切った私はあの子の隣を歩く事なんてできないんだよ。

 

 

あの子は、とても素敵で可愛らしい女の子なの。

あの子は、とても優しくてまぶしい女の子なの。

あの子は、勉強を頑張って皆に自慢できるくらい賢くなったの。

あの子は、私の”特別”な人なの

 

だから、嫉妬やら鼻につくやら汚れた手で触ろうもんなら、私が潰す。

あの花は、私にもお前らにも触る事なんて許されてないんだよ。

 

 

あとがき

 

エリカと言う花の花言葉は「孤独」「寂しさ」だそうです。

リナリアの花言葉第2傷です。ようやく物語に動きが出てきたようで全然何も進んでません。やっぱり登場人物が少ないと話に流れが生まれませんね。地の文だけだと無理がある。

その停滞した流れを打破するために奴が生まれたわけですが、彼についてはまた追々話すとしましょうかね。

唐突に始まった妄想文、一応4章+終章で終わりを予定しています。

だから残りは3章書くのか。発売日までに出せるか........?

それでは次が早めに出せるようにぼちぼち頑張ります。

また次回!

 

 

みーの愛が重いのは作者の癖です。