人が図解を見るとき、どのような見方をするかというと、まずは視覚的な表現です。ここでは上から下への大きな流れがあり、3つか4つのパートに分かれていて、それぞれが何について語っていて、さらに細かく見ていくと、小見出しのタイトルのようなことに触れてあると読み取っていきます。大きなものから小さなものへと関心を移動させていくのです。
つまり「大きく見せる」と「じっくり読ませる」を分けてあるのです。
昨日の図解事例をもう一度見てみましょう。これを見て、細かい文字で書かれた文章を読まなくても、だいたいどのような内容かがわかるのは、「大きく見せる」と「じっくり読ませる」を分けて見せるという方法をとっているからです。
「大きく見せる」でも2つのフェーズ(面)があります。新聞でいうと一番大きなタイトルは図解でも一番上にきます。そのタイトルについて分けて表したものが「大見出し」で、さらにそれを細分化したものが「小見出し」です。
先ほどの図解をその2つに分けると、このように表すことができます。
左側が「大見出し」で、右側が「小見出し」です。「大見出し」のほうは、ここだけ読めば「論旨」がわかるものをいいます。つまりどのような話の展開か、3つか4つのタイトルだけで想像がつくものです。
それに対して「小見出し」は「論旨」から踏み込んで、全体としての「内容」がわかるというものです。つまり「小見出し」はその下位概念である文章を要約したものなので、要約したタイトルだけを読めば文章の内容が想像でき、それだけでもだいたいどのようことが書かれているか理解できるものです。
図解というのはこのように「大きく見せる」と「じっくり読ませる」を分けて示すものです。これを見る人は、最初に「大きく見せる」部分に注目します。
つぎにその下位概念の「大きく見せる」に視線を移動します。ここまでが図解の形を形成します。ようするに、図解というのは「大きく見せる」を形として表し、形を見ただけで意味が何となく想像できるものをいうのです。ここまでが企画書の3秒ルールに則っていて、3秒で内容が把握できるというのが上手な図解だといえます。
そのあとは「じっくり読ませる」ですから、より深く詳しい内容を知りたい人の理解にまかせます。
ようは、どうして図解というものを作成するかです。文章は出だしから読んで末尾まで読み終わらないとすべてを理解することはできません。図解も最初から最後まで、上から下にたどって読んでいかないとわからないものにしたなら、図解にするという行為の意味がありません。
図解というのは理解の助けとなるものです。そして送り手と受け手の良好なコミュニケーションに寄与するものでなくてはいけません?(for「1枚企画書」)。





