公安警察は、市民団体や一般の人たちを騙したり、権力で圧力をかけたりして、手足になる人間を作っている。
自分の身近な人達も、自分を監視している。義弟でさえ、公安警察に協力的になっている。又、自分を知らない人達に対しても、騙したりそそのかしたりして、自分を監視させる。
だが、こういう人達を、せめることはできない。
国のためとか、治安のためとか言われ、そそのかされて、監視したり噂を流したりしているのである。
そして、非協力的な人には、権力を使い、別の人達を使い、いろいろな嫌がらせを行う。
好むと好まざるとに関係なく、どうしても、協力的に、ならざるをえないのである。
いずれにしろ、自分の様なターゲットに対しては、尾行や追跡、周りをウロウロして監視する。人を使ってよくない噂を流す。機械による、盗聴盗撮、睡眠妨害、自分の居場所に音を出す。等、いろいろな事を、第三者に隠して、人々に隠して、社会に知られないように、国民に知られないように行う。
卑怯で卑劣な犯罪的行為を、誰にも分からない様に行う。
だが、自分が、公安警察のターゲットになる、心当たりがない。
この様な人達は、数多くいるのではないか。
そして、ターゲットに対して、酷い人権蹂躙を、犯罪的行為を、犯罪を取り締まる、治安を守る公安警察が行っている。
世の中を不安定にする事を、治安を乱す事を、公安警察が行っている。
いかにも、乱れた世の中を作り、自分たちの必要性を強調するように、公安警察が社会を乱している。
しかし、平穏な世の中であれば、公安警察が暇であれば、公安警察の存在的価値が上がるのではないか。乱れた世の中に、公安警察の必要性を求めるより、平穏な世の中の継続にこそ、公安警察の必要性があるのではないか。