コレまでも銭湯に限らず、温泉巡りを続けてきた。ただそれは、シンプルに風呂好きという立場であり、旅の大事な目的地として捉まえている。
そう、まさに私の旅の目的は商店街と風呂である。
人並みに観光地も訪れるし、歴史好きという側面もあることから第1とはならぬも、第2、第3のそれとして設定することがある。商店街と風呂と歴史…。コレは単純に古いものが好きと言い換えられるのだろう。
銭湯を引き継ぎたいと決め、改めて銭湯を視察するという意識で訪れることへの喜びと新鮮さは、また別の視点や新たな気づきがあった。
2023年5月18日(木)
大阪の西成区にある福寿湯へと訪問することとした。最寄駅は大阪メトロ岸里で、福寿湯は駅から徒歩10分〜15分という完全なる住宅地にある。
まさに、古き良き銭湯の形がそのまま残っていた。
暖簾をくぐると早速の圧巻なる景色。大量の下駄箱とロールスノコは市松格子柄に整えられていた。ただ古ければ良いというものではなく、しっかりとしたデザインのもとで時間を重ねた出立ちにひかれるのだ。
入口の段階で男と女が分かれ、現在のコンプライアンスでは100%許可申請がおりない番台スタイルも痺れた。入室時に番台に座っていたのはお母ちゃんで帰りは息子さんであったが、お2人はどう見てもお婆ちゃんと叔父ちゃんの年齢。この福寿湯を継承されてきた月日を感じる。
脱衣所の床は修繕で100万円かかったという籐素材のロールシート仕上げ。素足で踏む感触が優しくて、乾きも良いらしい。天然素材の色味もアットホームな空間をつくりだしていた。
手ぶらであった為、40円の固形石鹸を購入し、無料の貸出しタオルでいざ!
浴室内は敷石を導線として、飾り石であしらわれており楽しいカラフルさもあり、明るいイメージを保っている。これまた素足に触れる感触もよく、職人の細かな仕事がひかる。何度も言いたくなる蛇口一つとっても何とも言えない配置とデザイン。レトロで良い感じでは足りない。現代でもしっかりと落とし込めるであろう仕様と感じて、実際に目の前に座り頭から洗い始め、最後の足先までストレスなく洗い終わった。
浴槽はセンターのぬるめと熱めの2種類は定番で、私は熱めが結構好きな方だが、関西の熱めは恐らく42℃前後あるのではないか。5分程しか浸かっていられない。ぬるめに移って丁度良いくらいであった。浴室内の奥両角にジェットバスと電気風呂生姜湯仕上げの2パターンが設置されており、いずれもマックス3人程しか入らない狭さ。回転率をあげるためか、面積の関係か。
見ていると、体や頭を洗った後帰っていく。皆さん先にお湯に浸かるのが流れのようだ。個人的にはみなさん洗ってから入浴して頂きたいが、もうコレが伝統なのだろう。40分程エンジョイし浴室をでた。
やはり牛乳だろうと180円を払い、一気に飲み干すこの瞬間。幸せの定義に加えて頂きたい。
叔父ちゃん曰く
『あと何年やれるかな〜』
前後から70年程地域の皆様のコミュニティの場としてあり続け、大変な時代を乗り越えてこられた重みが伝わってくる。
一般公衆浴場という民間主導の公共施設としてあり続けた銭湯という文化。家に風呂がない時代では必須であったコンテンツが、現代では必要性を失いつつある。結果としてどんどんと地域の銭湯は激減していく。とはいえ銭湯に限らず、劇場も純喫茶も呉服屋も書店も魚屋も、もはや業態に限った話ではない気がしている。コレまでの業態やサービス内容から新たな付加価値とコンセプトを生み出さなければ、いずれも生き残ってはいけない。
加えて、時代は巡るもの。
家にある風呂との差別化とコミュニケーションを生み出す場。実際、福寿湯の脱衣所では今夜のプロ野球の話や市川猿之助の話が飛び交う。昔のように毎日ではなくとも、近所の酒場のように顔馴染みが集い、いつものように大笑いできる時間を提供できるならば、可能性はあると信じたい。
引き続き脳みそが汗かくまで考えていく。














