俺が、初めてここを訪れたのは木枯らしも吹き始める

 

11月の中頃だったと思う

 

 

 

 

ある小都市の南に位置する寂れた繫華街

 

昭和を彷彿とさせるネオンの明かりが怪しく灯る

 

 

この場末感満載の飲み屋街に女のスナックはあった

 

 

屋号は〘スナック泡姫〙

 

 

まったく男心をくすぐるネーミングだよね

 

 

しかし、おれは自称愛妻家寄りの恐妻家だから決して心は動かない

 

 

いや、動かしてはならないんだ

 

 

ここだけの話、一度痛い目にあってからそう心に決めている

 

 

 

 

 

そこのママは山崎 美波と名乗っているようだが定かではない

 

下の名は多分源氏名であろう

 

 

 

その美波と名乗る女の出身は九州の片田舎と常連客からきいたことがある

 

以前、泥酔客と美波のケンカを止めに入ったことがあるが

 

美波が強い九州なまりで罵っていたのを憶えている

 

 

啖呵のきいた聞くに堪えない言葉遣い

 

俺も九州の出身だからわかるが確か西のほうのなまりだ

 

 

どうやら、この女はスイッチが入ると人格が変わるらしい

 

 

以後、俺は美波との会話では言葉遣いにきをつけている

 

 

経験上この手の女は一度関係を拗らすと根に持つことが多いからね

 

 

 

 

年齢は常連客でさえ知らないらしい

 

 

話す内容やカラオケのレパートリーから推測してゆうに40はこえているはずだが

 

独身なせいか見た目、はるかに若くみえる

 

 

仕事着は少し時代遅れの感もあるが、小綺麗で派手な色が好みらしい

 

美波は自分の体形に余程自信があるのだろう、どの服も露出が多めである

 

 

 

お世辞にも美人とは言えないが、妖艶な雰囲気を漂わせ

 

性格は極めて社交的、おしゃべり好きで聞き上手そしてあしらい上手

 

 

若い娘も数名雇われてはいるのだが美波目当ての客も多いようだ

 

 

 

これは噂だが、めったに酔わない美波がめずらしく酒に飲まれた折

 

『私は、東京の高級クラブにいたこともあるんよ」

 

と豪語していたらしい

 

 

まさに天職を地でいく女である

 

 

 

 

 

 

 

俺は、仕事上の縁からこの山崎 美波と名乗る女の転落人生に

 

 

深くかかわることになってしまうのであった

 

 

 

 

 

俺の名前は * * 

 

年齢はアラフィフとだけいっておこう

 

もう若くはないが、爺さんという年でもない

 

自分でもいうのはあれだが、昔はそこそこもてたりもしていた

 

 

これは全くの余談だが、

 

学生のころ、厨二病真っ盛りな俺に人生最大のモテ期がやってきた

 

年に数回は告白されていたしラブレターは段ボール箱いっぱいに

 

なるほどだった

 

 

しかしながら当時の俺はまだ子供で

 

「女子と話すのはカッコ悪いっしょ」とさらに厨二病を拗らせていたんだ

 

 

 

そんなある年の2月14日の日に事件は起きた

 

いや、正確には起こしてしまった

 

 

 

思春期真っ盛りの男子どもはその日、朝から気もそぞろ

 

ワクワク そわそわで授業など頭に入る余地などない

 

 

でもって、ほとんどの男子は迫りくるタイムリミットの焦燥感からか

 

無口になっていく

 

 

逆にその不安を跳ね返すため、妙にハイテンションになる奴もいたな

 

 

思春期とはおもしろいものだ

 

 

 

帰宅の時間になるころには肩を落とし悲壮感さえ漂わせる輩が

 

至る所で、まるでゾンビのように徘徊しはじめる

 

 

ここで、無慈悲な一言が炸裂

 

 

女子

 

「みんな何しとん? 早く帰らんば!」

 

 

男子

 

しょぼ~ん( ̄。。 ̄)

 

 

実に痛々しい

 

もう、これはカオスだな

 

 


そう、その日は男子生徒にとっては大きなイベント

 

バレンタインデーである

 

 

チョコレート産業界最大の陰謀ともいえる日だ

 

 

毎年この日だけで一体どれだけの男子生徒が犠牲になったであろうか

 

 

 

せめて義理チョコだけでも公平にもらえたら

 

 

プライドだけはどこまでも高い世の男子生徒諸君の

 

 

気も紛れることだろう

 

 

 

 

 

 

けしてケンカを売っているつもりはないわけで

 

 

その日おれは、大量にもらったチョコをこともあろうか

 

持って帰るのが億劫になり同級生達の靴箱に投げ入れて帰ってしまったのだ

 

 

当然ながら本来靴箱に入っているはずのないチョコを手にした男子どもは

 

 

狂喜乱舞の大騒ぎ、幸か不幸かラブレターつきのチョコに当たった男子の中には

 

 

付き合っていた彼女と別れてチョコの相手に乗り換えようとする

 

 

猛者もあらわれた

 

 

当然のことながらその猛者とチョコの贈り手の話はかみ合わない

 

 

かみ合うはずがないのだ、だって俺宛のチョコだもの

 

 

神谷よ許してくれ

 

でも、半分はお前も悪いよな

 

 

 

数日後、俺の所業だとあっさりとばれてしまい

 

 

全校生徒から俺と神谷が総スカンを喰らったのはいうまでもないのだが、、

 

 

あの時の俺に言いたい

 

 

「オ・マ・エ・は・バ・カ・か⁈」

 

 

 

 

あの日以来俺と神谷の居場所が、地元からなくなった

 

 

 

俺らの厨二病卒業と暗黒時代幕開けである

 

 

 

 

話を戻そう

 

 

俺の職業は探偵業

 

 

俺がこの探偵事務所の代表であるが、実働部隊でもある。

 

 

まあ、電話番の娘と私の片腕ともいえる娘婿、そして嫁の家族経営だが

 

 

誠実をモットーに細々とやっている。

 

 

 

何故誠実をモットーにしたかって?

 

 

それはバレンタインの件を読んでいただけたら

 

納得していただけると、、、

 

 

 

 

名前を明かせないのは職業柄少なからず恨みを買うこともあり

 

 

察してもらえたらありがたい

 

 

 

 

 

この仕事は、人様のお役に立てる仕事とはいえ、

 

 

何とも言えない気持ちになるほうが多い仕事である

 

 

浮気調査、社内調査の委託、行方不明者の調査

 

 

結婚相手の身辺調査等と多岐にわたるが

 

 

当然私と片腕の娘婿の二人だけでは手が回らないので、

 

 

張り込みや聞き込みがある事案は

 

 

暇を持て余している友人や知人にも手伝ってもらている

 

その友人の中に神谷が入っているのはここだけの話だ

 

 

 

 

何の取柄もない私だが、人脈の広さだけは誰にも負けない自負があり

 

 

この仕事を続けてこれたのもこの人脈のおかげといっても過言ではない

 

 

 

 

 人間一生の間、一人ではどうしようもない事態に直面する事は多々ある

 

 

その時、支えてくれる人がいるかいないかで明暗は分かれるだろう

 

 

私の人生はとにかくトラブル続きといえるぐらい波瀾万丈だったが

 

 

その時々、必ず誰かがいてくれた。支えてくれる人がいた。

 

 

おかげで、なんとかここまでやってこれた。

 

 

本当にありがたいと感謝の念は尽きない。

 

 

 

 

 この仕事は信用第一である

 

 

先ず情報の漏洩などありえないが、その情報を悪質な取引に使い、

 

顧客に多大な損害をあたえている同業他社もあると聞いたときは

 

怒りに身を震わせた

 

 

 

困ってどうしようもないから依頼してきた顧客の弱みにつけ込み裏切る

 

最悪な業者だ

 

 

 

稀なことだとは思うが、このような業者を選んでしまわれたかたが

 

不憫でならない

 

 

 

 

 

                                      続く