あれは土曜日のことであった。
僕はいつもよりも早く朝の日差しを浴びていた。
いや、浴びていたという表現は間違いであるだろう。
その時間にはまだ太陽は昇っていなかったのだから。
あたりは暗闇に包まれ目に見えるのはかすかな光の中でたたずむ住宅街だけだ。
まだ朝連に精をだし元気に登校する児童の姿も見えない。
彼らの姿というのはまさに朝の代名詞であるとでもいえよう。
起床から数刻がすぎるとようやく朝の日差しが照ってきた。
僕はその間に朝食や朝の着替えなどをすませていた。
今日は外に出かける用事があるのだ。
いや、これは間違いである。
外に出かける用事はない。
外に出かけたい気分なのだ。
新着のスーツでも着込んだかのように晴れ晴れとした気持ちで僕は出かけた。
時間は正午。
僕は近所のショッピングモールにいた。
特に目的があるわけでもなくふらふらとまるで行き先を見失った紙飛行機のように歩いていた。
そんな僕が画鋲で指されたかのように足をとめたのは某太鼓ゲームの前であった。
ちょうど太鼓の前は開いておりまるでそこが僕の指定席であるのかのように見えたのはいささか詩がすぎるというものだろうか。
財布の中身を確認しコインの有無を確かめてから僕は静かにバチを握った。
ワンプレイ100円ということや周りのほかの人がいないのをいいことに僕はそのまま3回ほど「また遊んでね」の声を聞いた。
4回目の成績発表を聞いた後だろうか。
ふと後ろをみるとはたして僕が某太鼓ゲームに熱中していたからなのかいつの間にか後ろには小さな女の子が一人で立っていた。
見た目から推測するに小学校低学年だろうか。
まだ細い腕や脚がチラリと視界の端に移った。
もしかしたら僕はこの子の順番を飛ばしていたのかな。
そんな罪悪感と恥ずかしさでいっぱいの僕は女の子にバチをそっと渡そうとした。
しかし女の子はそれを受け取らず一歩引いて僕をみた。
おやこれはいったい。
僕はタイトルデモの太鼓の音が鳴り響く店内で思考をフル回転させていた。
考えられうる答えは三つ。
この子が僕を避けているという至極単純で悲しい答え。
ただ後ろでゲームを見ていただけという平凡な答え。
親とはぐれて迷子という緊急事態。
答えは女の子の目を見ればすぐにわかった。
この子は僕の後ろで僕のプレイを見ていたのである。
確かに僕が今までやっていたのは数ある曲の中でも得意としている曲ばかりで小学校低学年からみればそれはまさに夢中で釘付けになるほどのものなのかもしれない。
しかしそれでもこれほどまでに熱い視線を向けられるのは熟練した玄人ならともかくまだ実力が伴っていない僕には荷が重すぎた。
というか少し恥ずかしかった。
これは参ったなとも思いながらも内心嬉しい僕はカッコいいところを見せようと財布からコインを一枚とりだし挿入口にいれようとした。
しかしコインは挿入口へとはむかわず僕の手から流れる水のごとくスルリと抜け落ちてしまった。
ダサイぞ僕。
はたしてコインはどこへ消えたのか。
とっさの出来事に僕は狼狽した。
貧乏学生にとっての100円とはまさに一枚一枚が宝箱の中の宝石であるのだ。
その一つを落としたともなればその慌て方はまさにえっちな本を読んでいるときに親が来たときの慌て方そのもので。
つまり僕は気が動転していたのだ。
「お金どこに行ったか見なかった?」
僕は女の子に声をかけた。
これは後になって思ったのだが非常に軽率な行動だったと思う。
今の日本社会はたして守られる立場の人間は弱いのか。
いやむしろ彼らは弱い立場というのを利用し強者をも脅かしているではないか。
たびたび報道されるが幼子に声をかけただけで通報の世の中である。
守られなければならないのはいったいどちらなのだろうか。
そんなことを後になって考えたのだがしかしあのときだけであればこの行動は限りなく正解に近い行動であった。
どうやら僕の手から落ちたときにそれを拾っていてくれていたらしい。
女の子はそっと手の中の100円を僕に渡してくれた。
このとき僕の手が女の子とほんの少しコンビニでレシートを受け渡すときぐらい触れたのを僕はわすれない。
彼女の手はまさに朝の代名詞であるところの登校する児童のようにさわやかでそれでいてまるで太鼓を打ち続けたかのような脈脈とした温かさがあった。