今日、8月15日は終戦記念日。
アリーが小学生くらいになったら、戦争のことを教えないければならないと思っている。
しかし、太平洋戦争をきちんと理解するのは難しい。
なぜ太平洋戦争を起こしてしまったのかを知りたくて、戦争関連の本やTV番組などを見ているが、核心的なところがわからずもやもやしている。
以前に放送された「NHKスペシャル 日本人はなぜ戦争へと向かったのか」はよくまとめられた番組だった。
・NHKスペシャル 日本人はなぜ戦争へと向かったのか
第1回 “外交敗戦”孤立への道
第2回 巨大組織“陸軍” 暴走のメカニズム
第3回 "熱狂”はこうして作られた
第4回 開戦・リーダーたちの迷走
第4回目の開戦・リーダーたちの迷走のあらすじにはこうある。
-----
日本の国策決定の場は、全ての組織の代表者が対等な権限を持つ集団指導体制で、全会一致が建前。常に、曖昧で、玉虫色の決定が繰り返された。各組織のリーダーたちは、戦争に勝ち目がないことを知りつつも、戦争できないと言うことが自らの組織に不利益を与えると考え、言い出すことができない。海軍、企画院、陸軍、首相、それぞれが互いに責任を押しつけ合い、重大案件は先送りとなっていく。しかし、日米交渉が暗礁に乗り上げ、妥結の見通しがみえない中、首脳部は、国力判断、すなわち国家の生産力・戦争遂行能力のデータを総動員して、譲歩か、戦争かの合議を行う。結論は、各組織の自壊を招く「戦争回避」より、3年間の時間を稼ぐことのできる「開戦」の方に運命を賭ける。
日本のリーダーたちは、国家の大局的な視野に立つことなく、組織利害の調整に終始し、最後まで勇気をもった決断を下すことはなかったのである。
-----
この内容からすると、どんな状況でも正しいことを決断できないリーダーシップのなさが根本原因だったのではないかと思われる。まちがった判断でも大きな流れができてしまうとそれに迎合してしまい、正しいことが言えない性分が戦争を始めてしまったと捉えられるが、本当にそうなのか?
戦争するというとても重大な判断を、タコツボ型組織で利害調整に終始してしまったという理由で、正しい決断ができなかったなどということが、私の感覚では考えられず理解できない。そんな感覚がわからないので、核心的なことが理解できないでいるのかもしれない。
また、戦争をやめられなかったことについてもNHKで特集番組があるが、これも最悪の状況になるまでやめるという決断ができなかった。この原因も開戦のときと似ていると感じている。
太平洋戦争のことは、子供のころ祖母から聞いた。祖母は東京大空襲で家を燃やされた。その時は戦争や疎開に行った家族を除き、一家全員で多摩川に飛び込んで避難したそうだ。多摩川から燃え盛る家が見えたと言っていた。
B29から焼夷弾を夜通し落とされ、すぐそばにも爆弾が落ちたと聞いた。
空襲が終わった後は本当に何もない焼野原だったという。
祖父は徴兵で戦争に行き、無事に帰ってきたが、戦争のことは家族に一切語らなかった。
父は終戦の時3歳で、戦争の記憶は全くないという。
自分が腹落ちするまで、なぜ太平洋戦争が起きたのかを調べてみようと思う。
そして、アリーにも伝えていきたい。
アリーが小学生くらいになったら、戦争のことを教えないければならないと思っている。
しかし、太平洋戦争をきちんと理解するのは難しい。
なぜ太平洋戦争を起こしてしまったのかを知りたくて、戦争関連の本やTV番組などを見ているが、核心的なところがわからずもやもやしている。
以前に放送された「NHKスペシャル 日本人はなぜ戦争へと向かったのか」はよくまとめられた番組だった。
・NHKスペシャル 日本人はなぜ戦争へと向かったのか
第1回 “外交敗戦”孤立への道
第2回 巨大組織“陸軍” 暴走のメカニズム
第3回 "熱狂”はこうして作られた
第4回 開戦・リーダーたちの迷走
第4回目の開戦・リーダーたちの迷走のあらすじにはこうある。
-----
日本の国策決定の場は、全ての組織の代表者が対等な権限を持つ集団指導体制で、全会一致が建前。常に、曖昧で、玉虫色の決定が繰り返された。各組織のリーダーたちは、戦争に勝ち目がないことを知りつつも、戦争できないと言うことが自らの組織に不利益を与えると考え、言い出すことができない。海軍、企画院、陸軍、首相、それぞれが互いに責任を押しつけ合い、重大案件は先送りとなっていく。しかし、日米交渉が暗礁に乗り上げ、妥結の見通しがみえない中、首脳部は、国力判断、すなわち国家の生産力・戦争遂行能力のデータを総動員して、譲歩か、戦争かの合議を行う。結論は、各組織の自壊を招く「戦争回避」より、3年間の時間を稼ぐことのできる「開戦」の方に運命を賭ける。
日本のリーダーたちは、国家の大局的な視野に立つことなく、組織利害の調整に終始し、最後まで勇気をもった決断を下すことはなかったのである。
-----
この内容からすると、どんな状況でも正しいことを決断できないリーダーシップのなさが根本原因だったのではないかと思われる。まちがった判断でも大きな流れができてしまうとそれに迎合してしまい、正しいことが言えない性分が戦争を始めてしまったと捉えられるが、本当にそうなのか?
戦争するというとても重大な判断を、タコツボ型組織で利害調整に終始してしまったという理由で、正しい決断ができなかったなどということが、私の感覚では考えられず理解できない。そんな感覚がわからないので、核心的なことが理解できないでいるのかもしれない。
また、戦争をやめられなかったことについてもNHKで特集番組があるが、これも最悪の状況になるまでやめるという決断ができなかった。この原因も開戦のときと似ていると感じている。
太平洋戦争のことは、子供のころ祖母から聞いた。祖母は東京大空襲で家を燃やされた。その時は戦争や疎開に行った家族を除き、一家全員で多摩川に飛び込んで避難したそうだ。多摩川から燃え盛る家が見えたと言っていた。
B29から焼夷弾を夜通し落とされ、すぐそばにも爆弾が落ちたと聞いた。
空襲が終わった後は本当に何もない焼野原だったという。
祖父は徴兵で戦争に行き、無事に帰ってきたが、戦争のことは家族に一切語らなかった。
父は終戦の時3歳で、戦争の記憶は全くないという。
自分が腹落ちするまで、なぜ太平洋戦争が起きたのかを調べてみようと思う。
そして、アリーにも伝えていきたい。