第一詩集か。101頁に21編を収める。
冒頭に昔話のような「ありがた与一兵衛のお話」が載っている。何ごとにも「はあ ありがたい」と言うのが口癖の男の物語で、この感謝の気持ちが周りを明るくしていく。今の社会で一番必要なことかもしれない。この詩集の作品は作者の身近な人たちや風物を題材にしているのだが、その根底には感謝の気持ちに通じる暖かさが流れていた。
たとえば「おばあちゃんクロニクル」は、105歳で大往生を遂げたたて子おばあちゃんの生涯記である。市井の人としての一生なのだが、それに寄り添った視点での描写がどこか懐かしいような親しみを覚えさせる。
そのあとに、施設で暮らさざるを得なくなった父や、デイサービスに出かける母を詠った作品が並ぶ。
父はしきりに施設から帰宅したがっていたのだが、それはかなわないままとなる。「施設の父、還らず」は、「心肺停止状態です」という明け方の電話で始まる。全てが終わったあとで病室に残された荷物を取りに行く。ふと思い出がよみがえる。最終連は、
五歳の時
坂道を上っていく父の自転車を走って追いかけたけれど
どうしても追いつけなかった
父の自転車の後ろには弟が乗っていた
こっちへ戻って来てえ と言ったけれど
最後までこちらに来てくれることはなかった
あのまま父は坂道を上り続けたんだ
僕をここに置いて
立場が大きく変わってしまった父子の状態が、なんとも切ない。
茶太郎は18年前にもらってきた愛犬である。幼かった娘たちよりも添い寝をする茶太郎の方が大きかったのだが、やがて二人の子どもたちは大きくなり、茶太郎が老いていく。そして今、二時間ほど前に逝った茶太郎を「包み込むようにして」二人の娘は「リビングの床で川の字に寝ている」のだ。そこには慈しんできた者と共に育ってきた時間も横たわっているのだ。最終部分は、
僕がいなくなったら
語ってくれる誰かはいるのか
息をしなくなったら 二人がそばに来て
川の字になって 寝るだろうか
平明な題材を平明に語りながら、しみじみとした余韻を残す作品たちだった。