なんだかリアリティありますよね(°_°)
いつどの時代でも、人間の心の中って複雑で自分ですら時々セーブしにくいし難しい。
光と闇みたいなのが紙一重。
僕も一時期ありましたよε-(´∀`; )
信用出来るか出来ないか本当に見失うぐらい。
結果騙されやすくて、結局は痛い目を1番被る。
でも、その時期はほんの僅かですぐにまた違う誰かと知り合い仲良くなる。仕事をする。ブログやなんかで交流を持つ。
今はないけど、自分がなんだろ....
ガラス一枚で作られた橋を渡ろうとしている。
途中まで
三分の二まで
あと半歩まで
は行く。いや行けた。
毎回景色が違う。
ゴールは無い
落下して這い上がってなんだか痛くて苦しくて
でも生きている。
ゴールはきっと命の時計が刻む歩みを止めてしまった時だから。
ゴールは生きていりゃ永遠にない。
それすらも判らぬまま、見ることも感じることもなく渡り終えてしまう。
意識が無いまま橋のピリオドを越した瞬間に止まる。
コントロール出来ないのも同じ。
自分がどこまで渡れるかなんて、わかった上でなんてガラス一枚の橋を渡ろうなんて思わないでしょ??
普通立ち止まり他の方法を考えるか、引き返して誰かに助けを求めて乗り越えるか....
考える。
だから自分を見失うと大変。
マイナスばっかじゃダメ。
たまにのマイナスはラーメンに入れるコショウやラー油程度の人生のスパイスと感じるぐらいでちょうどいい。
たまにはプラスに。
歪んだ現代と緩んだ過去の産物が悪い意味で絡み合った
今
だから。
だからこそ、あり得る話がドラマになる。
でも、それも紙一重。
少しのさじ加減で
化けてもっと別な形になっちまう。
客観視
するのが大事です。
あくまで
フィクションだと。
たかがドラマ
されどドラマ。
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