No.7  見た!  少年王のミイラ


ツタンカーメンのミイラが発見されたら、どのように扱うかなど、これからの作業について、カーターは多くの学者たちの意見を聞くので、忙しかった。そんなある日、カーナーボンが病気で苦しんでいる、という知らせがあった。「えっ、なんだって。カーナーボンさんが病気?原因はなんだ。」使いの者に聞くと、蚊に刺された傷がもとだという。カーターは急いで、カーナーボンの病室へとんで行った。「カーナーボンさん、どうしました。今までの疲れがでたのでしょう。ゆっくり休んでください。僕が、これからの仕事の準備を完全にしておきます。」カーターがいうと、カーナーボンは高熱でほてった顔で、小さくうなずいた。そして、カーターを枕元に呼ぶと、「私はもうだめだよ。君の努力でやっとここまでたどりついたんだが、病気には勝てない。私はまだあどけない少年王のミイラを、この目で見たいとは思うが、死に神が、もうそこまで私を迎えに来ている。」と、弱々しく言ってから、カーターの手をにぎった。「カーター君、あとを頼む。もう一息だ。実はエジプト政府と発掘について問題が起こっている。しかし、それも君なら解決してくれる。とにかく、作業を続けてくれ給え。頼む。頼むぞ。」四月五日。カーナーボンは五十六歳で急死した。納棺室を調べに行ってから、わずか二カ月足らずで亡くなったのだ。カーターはひどいショックを受けた。これまで発掘作業を行うことができたのは、カーナーボンが出資してくれたからだ。そのカーナーボンが死んだ。これからどうする……。「ああ、おたがいに言い争ったこともあった。手を取り合って喜び合ったこともあった。カーナーボンさんは、僕の仕事を信じて、だまって見守ってくれた。だからこそ、僕はここまでせいこうしたんだ……。これからどうしたらいいんだ。この僕は……。」カーターは、がっくりと肩をおとした。でも、泣いてはいられない。悲しんではいられない。これから大事な作業がある。カーナーボンの為にも、なおいっそう頑張って、作業を完了させなければならない。カーターはエジプト政府と交渉をした。そして、政府とカーナーボンとの間でこじれていた、発掘と調査についての問題を解決させ、これからも、ツタンカーメンの発掘調査ができる許可をとりつけた 。もっとうれしいことは、カーナーボンのふじんが、これから後も、今までと同じように、出資を続けてくれるという知らせだった。「ようし、やるぞ。調査を再開しよう。」カーターが立ち上がったのは、納棺室を開いてから二年後の、一九二五年十月だった。夏の激しい暑さは、すでに終わってはいたが、狭い納棺室での仕事は高温に苦しめられた。しかも、黄金の大箱は実に重い。そのうえ、あまり力を入れると金細工が崩れ落ちてしまうので、始末が悪い。それでも、第一、第二の箱をどうにか開くと、さらにその下に、第三、第四の箱が現われた。「まったく、厳重に少年王の遺骸をほうむったものだ。」カーターは額の汗を拭った。グラグラと目眩もする。それも無理はない。これらの箱をこわして運び出すのならわけはないが、壊さず、傷めずに、古代エジプトの芸術品をそっと取り扱うのだから、細心の注意が必要なのだ。四つの箱を運び出すのに八十日も費やし、つぎに現れたものを見ると、それは黄色の石英岩をくりぬいた、素晴らしい石棺だった。長さは二・七メートル、幅

一・四五メートル、高さは一・五メートルもある。「こんな立派な石棺を見るのは、生まれてはじめだ。すごい!石棺の隅には、四つの女神を浮き彫りにしてある。」さすがのカーターも息を呑んだ。「

カーターさん、こんなかたい石材をどんな道具で当時の人は彫刻したんでしょうね。いや、それよりもこの狭い部屋に、どうやって運び入れたのか、まったく不思だ。」助手が首をかしげた。「うん、まったく謎だ。いかに古代エジプトの文化技術がすぐれていたかが、この石棺一つからでもわかる。」カーターはつぶやくように答えると、「では、石棺のふたをあけよう。」といった。棺のふたは、薔薇色の花崗岩で、中央部で二つに分かれていたが、それを上手につぎあわせてある。カーターはふたにロープをかけると、滑車で上に引き上げる工夫をした。「重いぞ。一トン以上もある蓋だ。気をやつけて、静かに上げるんだぞ。」ロープがぴんと張って、滑車がきしんだ。と、蓋が少し持ち上がって、棺の中に光がそそがれた。「ツタンカーメンは、どんな姿でほうむられているのか……。」カーターが長い間、夢にまで見たこの瞬間だ。ごくん、と生唾を飲み込むと、わずかなすき間から中を覗き込んだ。「なんだ、黒い布があるだけか。」カーターはがっかりして、腕を伸ばすと、そのボロ切れのようになった黒い布を、一つ一つ取っていった。最後の布を何気なく取る。とたんに、

カーターの顔色が変わった。目を見張った。なんという豪華さ、なんという気品。そこに現れたのは、少年王ツタンカーメンの形に作った棺ではないか。「これは……。」

助手や協力している学者たちも争うようにして近寄ってのぞきこんだが、カーターと同じように目をまるくした。少年王の両手は胸に組まれ、しゃくとムチを持っていて、その体は、金の塊にほどこした彫刻である。顔はもちろん黄金。両目は、アラレ石と黒曜石。眉と

まぶたには、瑠璃ガラスがはめこまれている。そして、額には古代エジプトのシンボルとも言える、コブラとハゲタカの動物の像がきざみこまれている。「カーターさん、見てご覧なさい。その胸の上に小さな花束が置かれています。きっと、王に先だたれた若いおきさきが、悲しみの中にささげた花束ですね。」助手のひとりが、ぽつんといった。この黄金の棺には銀の取っ手がついていた。その取っ手を使って蓋を開くと、少年王の

形をした第二の棺が現れた。その、第二の人型棺にも布がかけられ、オリーブや、やなぎの葉、青蓮、矢車菊の花びらをあしらった花飾りがあった。しかし、この棺にはだいぶ湿気があった。「こんなに湿気があるということは、この下にある、少年王のミイラは、満足な状態ではないかもしれない。」カーターは不安に思った。第一の棺と同じように、第二の棺も写真にとり記録して、傷めないように取り外す作業にかかった。まだ人型の棺がある。第三の棺だ。棺と棺の間は、ピッタリとして隙間がないので、作業はとてもやりにくい。それにしても巨大な純金のかたまりのひつぎ。重い第三のひつぎだ。長さ一・八メートルのひつぎは、八人の逞しい男たちが、やっと持ち上げることができるほどだ。王家の谷には、二十七人の王が葬られていたというが、このツタンカーメンは少年だけに、さほど有名ではない。それなのに、こんな立派な墓である。ほかのすぐれた王たちの墓は、これ以上の豪華さで莫大な財宝が納められていたことだろう。盗賊たちが危険をおかし、知恵を絞って、血眼になって、墓あらしをするのももっともだ。どうやら、第三のひつぎのふたが開いた。「これだ。これがツタンカーメンのミイラがねむっているひつぎだ。」カーターは顔をこわばらせ、口を真一文字に結んだ。いよいよ、この発掘作業の大づめだ。人間の目がこの黄金のひつぎをのぞいてから、四千年近い年月がたった今、カーターという人間が再びのぞくのだ。「ツタンカーメン王の遺骸を拝む。カーナーボンさんか生きていてくれたらどんなに感激することだろう。」だが悲しむときではない。考古学研究のために、世界中の学者たちがこの一瞬を待っているのだ。少年王の顔には、見事な黄金のマスクがかぶせてあった。高さ五十二センチ、重さ九・二キロ。黄金板を打ち抜いて作ったそのマスクは、悲しそうな、それでいて、どこか穏やかな表情をしていた。額には少年王が支配した王国のシンボルの禿鷹と蛇をかたどった金の塊、顎には、金と瑠璃色ガラスでできたつけ髭……。カーターは黄金のマスクをしげしげとながめてから、目を少年王の胸元に向けた。胸には黄金の胸あて、ペンダントのついた二重の黄金の首飾り、そして、黄金の両手には布に縫い込まれていたが、王であることを表す杖とムチを持っていた。「さすがだ。さすがにすごい。」カーターはうなって、しばらく身動きひとつしないでいたが、やがてミイラを見た。ふんだんにそそがれた香油が、長い間に化学変化を起こし、もとの姿をとどめない炭のようになっていた。しかし、香油が注がれていない、顔と足の部分はミイラになって残っていた。その顔は、どこか神経質らしく思われたが、いかにも少年という顔で、優しさと穏やかさも残っていた。「少年王ツタンカーメン。あなたはこの土の中て、長い年月、何を考え何を思っていたのですか。それは長い長い眠りでしたね。あなたが生きていたのは十八年ぐらいだという。それに比べて、眠りはあまりにも長かった。」カーターはうわごとを言うようにつぶやくと、震える足を踏みしめながら、その場をはなれた。