ボクの経験上、大阪では「青森山田高校」ブランドは絶大なる知名度をもっている。

その知名度は、青森といえば、りんご、ねぶた、弘前城、を優にしのぐ。


スポーツで全国を舞台に大活躍する青森山田高校は超有名だ。


そう、何を隠そうボクは青森山田高校(通信科)なのだ。



先日も青森山田高校サッカー部が全国優勝したという話題から、ボクが青森山田高校出身だという話になった。



こういう時は変に流れに逆らって、話の流れを止めないことが最善の策だということをボクは心得ている。



「いやー、ボク通信科なんで全然違う校舎で勉強してたんすよー。」


「いやー、ボク通信科なんで2週間に1日しか学校いってなかったんすよー。」

「いやー、ボク青森山田高校の卒業生って実感全然ないですよ。」



とは絶対言わない。


こういう時は、各々の山田高校知識をしっかり受け止めて、静かに微笑んでいるのが一番。



野球、サッカーの話からの卓球の愛ちゃんでフィニッシュ、しっかりと受け止める。



ありがとう山田高校


おめでとう山田高校


校歌も知らないけど、いつもお世話になってます



ちなみに、通信科を卒業しても普通科卒業と認定されるという都市伝説があったのだが、



卒業証明書にはしっかりと(通信科)と書いてあります




ぐ。
正月を故郷で過ごし

1/5に大阪に戻る




1/7からの仕事は新しい職場


長年の深夜勤務から昼の仕事への
シフトチェンジ


こんな、新年そうないぞ
近年稀に見る年明けを迎え


ボクは


新卒感を味わう気満々であった。





しかし、



そうはいかないのが「現実」である









1/5に大阪に戻り、最寄り駅に家族が迎えに来てくれて、そのまま外食にでも行くのかと思いきや…



長女サラが具合悪いっぽい


というか、吐き出してる


外食の予定もすべてなくなり、


サラと妻は病院へ


ボクは子供2人とお留守番に




サラは胃腸炎による脱水症状によりそのまま入院


長男、熱

次男、咳



あれよあれよという間に状況が悪くなった。




ゆっくりと色々準備したりするつもりが、


全員病人





そうだ、これが人生だ。




順風満帆な時はむしろ有り難いもの




困難が多い中をどう生きるか、です










結局サラは1/8の火曜日まで入院になり、

長男次男は、初出社当日朝に妻の実家に送り

義母に面倒みてもらった。






こんな逆風ブログを、成人の日に書いてみる







ぐ。



今年は青森に1人で帰省している。



昨年父が亡くなったときに滞在した以来、初めての「お父さんがいない実家」への帰省になった。

さみしいけど、陽介がいてくれて、お母さんがんばってるよ。

「良いのあったら持って行って」ということで、スーツとかネクタイをもらったよ。
大事にするね。
マフラーや、手袋が入ってる、箱を観ていたら、懐かしいお父さんの香りがして、思い出して、涙が溢れた。

雪かきしている姿が、脳裏で蘇ったよ。





あの日、火葬場に向かうバスが父の職場だった大学校内を経由して行ってくれた時、職員の皆さんが玄関に出てきて父を見送ってくれた。

格好良かったよ。

後ろ姿で、生き方を教えてくれる「お父さん」だったけど、皆に愛されていて最後まで格好良かった。


生前はやはり、反抗心のような感情があった
けど
今は素直に父の背中を追いかけたいと思っている

ありがとうお父さん

ゆっくり休んでください



家族、友達、たくさん刺激をいただきました。

一緒に過ごしてくれた人達ありがとう。



自分の考えを持って、そして実行している人たち


尊敬するし、そんな人たちと繋がっている事に
感謝しています。




あ、写真と本文は関係ありません。笑







「このメンバーで過ごす時間ってすごい貴重だよね」って思ったり、話すことが増えた。

実際、大阪に住んでるし、皆さんも忙しいし、会う機会も少ないから、そうなのかもしれない。

でも、過去を振り返ってみると

全部が貴重で、かけがえのないものだったりする。

結局はそこに気付いて日々を生きるかどうかによって変わってくるんだよね。。





昨年いっぱいで10年勤めた会社辞めました。


仕事も新しくなる新年になりました。

上手くいけば、全国の皆さんに自分の仕事を味わってもらえるような環境です。


必ず、いい報告します!!














2019年、皆さんの健康とご多幸をお祈りしております。





ぐ。