映画『ラストサバイバー』の感想


謎の疫病で人類のほとんどが死滅し、文明が崩壊した世界。

そこで生き残った人類同士の殺し合いと、未来への一縷の希望を描いた物語。


かつては真新しかったポストアポカリプスの物語も、近年 繰り返し語られてきた。

特に長大なテレビドラマ『ウォーキング・デッド』シリーズでは、ありとあらゆるパターンが描かれた。


終末ものがゾンビものだけとは言ってないけど、映画では『28日後…』シリーズのダニー・ボイルが尻込みせずに切り込んでいたし、最新シリーズの『猿の惑星』も新鮮だった。

それでも、『ウォーキング・デッド』の積み重ねてきた時間には敵わない。


さて、そこに巨匠リドリー・スコット監督が挑む。

2時間の尺……。

よほどの切れ味がなければ、爪痕を残せないぞ。

そう思っての鑑賞だった。


結果、巨匠は巨匠だった。

おそらく既存作品を深く研究することもなく、自分の「作劇」で、ちゃんと「激作」した。

リドリー・スコットが、いつものように作れば、そこには否応なく彼独自のものが生まれる。

そんな揺るぎない自信すら感じる。

2時間の中に多くのエピソードを詰め込みながら、そこには巨匠らしさがしっかり宿り、ちゃんと独創性がある。


セスナ乗り。

かつての新婚家庭の家屋での記憶。

人間不信の相棒。

アーミッシュの村。

乳首がTシャツに浮き出た娘と暮らす父親の、緑豊かな谷あいの村。

メキシコからやって来るヤカラたち。

人間を食糧とし、エセ文化的な暮らしを送る病的なセレブたち……。


そして、主人公の厭世観。


これだけのものを2時間に詰め込んで、ちゃんと一本の映画にしてしまう。


面白かった。

『ルックバック』実写版

ここを見ている方は、すでに内容や大まかな作品の背景はご存じだとみなして話します。

ネットで無料配信され、まず読んだ。
その時の印象は、「実験的な作品だな」。

悲劇で終わることは、タイトルからもわかる。
コミックスも買った。

だが、アニメ映画は、なぜか見る気持ちにならなかった。

ところが、インドへ行く機内で観てしまった。

「ヤバっ! インド旅行が、この作品に支配される」

そう思うほど、心にグッときた。

……が、どうにかそんなことにはならず、インドは満喫した😅

さて、実写版だ。

いろんな既存作品の良さが想起されたけど、ともあれ、これは失恋と喪失の物語だと思う。

その恋は、最初の4コマ漫画の競演から、すでにすれ違っていた。

藤野は娯楽漫画指向。
京本は美術・絵画指向。

同じ「描く」という行為をしながら、向いている方向は違っていた。

「孤独」だった二人の交際が結果を結ぼうとした時。
いや、充足へと至った時、恋は終わった。

ドキュメンタリー畑出身の是枝監督は、秋田の四季折々の情景とともに、その喪失を見事に映像化した。

京本がいなくなり、京本の幻影が藤野に語りかける。

「なんで描いてるの?」

それは、いなくなったベティの幻影がゾーグに語りかけているのと同じ。

「書いてるの?」

残された者は、Don’t Look Back!

書いて、描いて、駆け抜けるしかない……。


東野圭吾は、『秘密』以来、読む者にストレスを溜めさせるミステリー作家だと認識しているので、めっきり読まなくなったんだけど、その映画化作品は、だいたい2時間ちょいで終わるので観ることも多い。


『白鳥とコウモリ』は、とある殺人事件が起こり、それに疑問を持った加害者の息子と被害者の娘が知り合い、複雑な事件の真相に辿り着く話。


非常に面白かった。


奇矯な人物は出てこなくて、みんながみんな抑えた、ごく普通の人物像。その中で、主人公の陽性な性格が際立っている。ヒロインのグローグーみたいな顔も、妙に心に残った😅


半世紀の時を超え、東京と愛知という二つの土地を結ぶ事件は壮大だ。


惜しむらくは、これを解決する、ケレン味のある名探偵が欲しいところ。


……とはいえ、この作品では、事件に苦しむ肉親の男女という「ストレス展開」を東野圭吾は推したわけだ。


日本人はストレス展開が好きで、悲しむのが好きなんだよね。


もう一つ言えば、この作品には大仕掛けのトリックがあるわけではない。だから、名探偵は不似合いなのだろう。


本格ミステリーとは言えず、さりとて、あまりにもキチッキチッとした無駄のない展開・人物配置は、この作品を文学性からも遠ざけている。


面白い。だけど、俺の好きなミステリーとは、ちょっと違う。

『オデュッセイア 先行上映 IMAX』


最初に言っておくけど、俺はクリストファー・ノーランをあんまし評価していない。


テーマ上の必然性を感じないのに時系列をいじるほどの「時間の囚われ人」だし、空間を歪ませることも理解できない。


……いや、あなたより分かっているとは思うよ😅

でも、あなたは100%、ノーラン演出を理解しているの?


水準以上の演出ができる監督だとは思う。

ただ、時間へのこだわりが前面に出ると、俺には訳が分からなくなるってこと。


『インターステラー』は心にジャストフィットした。超傑作だと思っている。


さて今作。三時間超の長尺ながら、重厚な冒険物語として抜群に面白く、ダレ場が全くなかった。


神と魔物と人間の区別が曖昧な時代の物語で、ちょっとしたファンタジーでもあり、面白いことこの上ない。


巨人族のエピソードなど、『進撃の巨人』の実写はノーランに頼んだら成功したんじゃないかと思えるほどだ。


ホメロスによる西洋最古級の叙事詩だが、後からWikipediaで原典のあらすじを読んで、見事なプチ換骨奪胎を成したなぁと感心した。


それから、俺、IMAXで観たわけだけど……


IMAX特有の凄さってものが、全く分からない耳の利かない俺でした😅

『ハルバーシュタットの埋蔵金』を観て!


ドイツの作品。

家族や一族を物語の中心に据えた、極端な出来事を描きながらも過剰にならない作風は、この間観た台湾映画『左利きの少女』を思い出した。

どちらも社会問題を、ちゃんと物語のテーマに有機的に絡めている。

変に高く評価されている日本の『万引き家族』や韓国の『半地下の家族』にも、見習ってほしい完成度だ。

東ドイツを舞台に、東西統一へ向かう移行期。不要となって回収された東ドイツ・マルクを地下倉庫から大量に盗み、西ドイツ・マルクへの換金期限ギリギリまで荒稼ぎする物語。

その企みは、家族、一族、さらにはアパートの住民全員を巻き込んでいく。

コメディタッチではあるが、非合法な行為ゆえに、物語には緩やかなサスペンスもある。

また、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』に出ていた地球の責任者(ザンドラ・ヒュラー)に似た主人公を中心に、その女性を巡る前夫と現夫の三角関係も面白い。

……と思ったら、主人公本人がザンドラ・ヒュラーだった😅

結末も「大人の寓話」として見事だった。

が、最後のクレジットで実話をもとにしていると知り、「ほお、題材は実話なのか!」と驚いた。

同時に、それを堂々と寓話として描き切った作り手の、作品への自信にも感服した次第。

なお、ストーリーのキーマンであるマルコフスキが、アパートの住民に短い演説を打つ場面。

もともとちょび髭だし、前髪を振り乱しているし……。

あれは、ちょっとヒトラーを醸していたのかな?

『左利きの少女』を観て。

台湾映画という情報しか知らずに観た。

入場者特典でもらったポストカードに「すべて悪魔の手のしわざ」と記してあったので、
「うへっ! もしかしてホラーなのかよ?」
と思ったら、さにあらず。

台北に暮らす、二人の娘を持つシングルマザーと、その家族をめぐる、悩み深き日々の物語だった。

台北のナイトマーケットの姿から台湾の生活が見え、風俗的な檳榔売りのねーちゃんや、偽装移民を幇助するおばあちゃんなど、現代台湾の社会問題も垣間見える。

ホームドラマ的でもあり、ドキュメンタリー的でもあり、非常に奥深い。

『万引き家族』や『パラサイト 半地下の家族』などより、数段完成度が高く、リアルでもあると思った。

……ただ、唯一の欠点がある。

出てくる女性が、みんな美しくて可愛い。

それだけで画面に釘付けになり、物語に集中できん😅

お母さんの、松本零士のヒロインのような魅力。いやいや、長女のクールなスレンダーさも負けていない。

あぁ、やられる。

お母さんの兄弟や長女の同僚までも可愛い。

物語の奥深さだけでなく、台湾の女優事情までわかるってなもんだ。
『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』を観たよ❣️

現代の女子高生がタイムスリップし、戦争末期、特攻隊となる若者と出会う。恋と永遠の別れを経て「いま」に戻った――それが前作(『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』)。

特攻隊や戦争自体の描き方が、糾弾するでも美化するでもなく、素直な視点で好感を持った作品だった。

今作は、その続編にして完結編。

主人公のその後が描かれ、過去の恋への諦観を乗り越え、未来へ進む道が示される。

こういうタイプの作品は、前編で終わらせ、その後を読者に委ねるものだと思う。後から構想したのかもしれないが、よくここまでやり遂げたと思う。

全編泣かされるのだが、その感涙エピソードの多くが同じパターンではなく、物語の構成上、必然性のある展開になっている。

人間関係が都合よくまとまっていくように思える箇所もある。けれど、そもそも作品というものは、一つの大きな偶然に肉付けして物語を構築するものだ。

主人公の百合にも、不器用な新恋人にも、十分な現実感が宿っていた。

そして、戦中・戦後直後の結婚観について語られるのだが、それが、この作品のバランスをよく表している。

「それを断る理由もなく、断る自由もなかった……」

題材を闇雲に、ヒステリックに批判するのではない。

その時代を、その時代の人間の目線で見ようとしている。

そこが、この作品の良さだと思う。

映画『オークストリートの異変』、それなりに面白かったけど、妙に変な作品でした。

恐竜の世界に転移するハプニングを通して、崩壊しかけていた家族が復活する物語。普通ならスピルバーグ的な感動の帰結を迎えるはずなのに、いちいち描写が残虐なのである。

不仲な夫婦は仲直りするはずが、夫はティラノに足を食いちぎられ、腹を喰われて退場。

町は恐竜に蹂躙され、死屍累々……。

自然発生した空間転移現象により、二億年前の世界と現在のオークストリートが入れ替わってしまったのだ。

いろいろあって、父親を失いつつも家族は現世に戻る。

しかも戻ったのは、転移が始まる20分前のオークストリート近隣。その時間軸では父親はまだ生きている。

危険なので現場には行けないが、母親役のアン・ハサウェイが、まだ生きている夫を電話で呼び出す。

そして家族は復活、ハッピーエンド。

……いや、子供たちは父親がティラノに食われるのを見てるんだぞ😅

20分前の父親を呼び出して家族復活って……。

アメリカ的な合理主義を見せつけられた。

さらに途中で知り合い、一緒に現世へ戻った生き残りの女の子も、家族を救うためオークストリートの我が家へ走っていく。

そしてエンディングでは、二つの時間軸のその女の子が登場する。

つまり、同じ女の子が二人いる。

こんな堂々としたタイムパラドックスってば凄い❗️

……あれ?

じゃあ、お父さんは恐竜時代には行かず、お母さんと子供二人だけが行ったことになる。

そうなると過去の世界でのサバイバルが難しくなって、そもそも現世に戻って来られないんじゃね?

頭が混乱する。

てか、作品がじゃなくて、

家族の思考が雑!😅

ベトナム戦争時、戦地となった北ベトナムのジャングルに、なぜか恐竜たちがいた!
   軍人vs.恐竜軍団。
どう考えてもB級作品的な設定だけど、最近の特殊撮影技術と、おそらくなかなかの制作費が功を奏し、絵的なちゃちさはない。
主人公ら一小隊のメンバーそれぞれの人物像や、ベトナム戦争当時の風俗もリアルに描かれていて、意外にも格調高い。
惜しむらくは、作り手がまだまだ若いようで、恐竜の正体が分からない序盤のサスペンス的な盛り上げが、いまひとつだったこと。
しかし、その若さゆえなのか、「なぜ、この時代に恐竜が出現したのか?」という理由が大胆だった。

国と国が戦争をしていたところへ、恐竜軍団が乱入。
もう、人間同士で戦争をしている場合ではない。
ところが、人類vs.恐竜の戦いになっても、敵対国への恨みを忘れず、それを晴らそうとする人物もいる。
このあたりが、単なる「軍人vs.恐竜」の怪獣映画で終わらず、なかなか奥深い。

そして特筆すべきは、主人公らを襲うティラノサウルス。
人間に噛みつこうとするのだが、なぜか何度も空振りする。
そのたびに、恐竜の歯が噛み合う音が、
「カンッ‼️」
「カンッ‼️」
と響く。
ティラノサウルスの攻撃なのに、まるで刀の鍔迫り合いのような音。
これは斬新だった👍

『スパイダーマン ブランド・ニュー・デイ』を観てきました。

前作で行き着くところまで行ったと思いきや、「うちわ受け」になる傾向もあるマルチバース路線には流れず、今回は直球勝負。

登場人物たちの情動を丁寧に描き、練りに練られた脚本で、とても面白かった。

SONYのスパイダーマン愛は本当に強いね❤️

今回は、一人の人物について語りたい。

ラスボスの女の子だ。

このキャラクターは、マーベルの他作品にも登場している。

ただ、その能力は脇役としては活きても、メインになると途端に物語を失速させかねない、扱いの難しいキャラクターだ。

実際、長大なシリーズの終盤を担った作品で、その能力ゆえに評価を落とした例を俺は、二作品 知っている。

だからこそ、このキャラクターをラスボスに据えたことには驚かされた。

能力は、人の心を操るテレパス。

次々と人の心へ乗り移るため、スパイダーマンは「一人の敵」として対峙することができない。

つまり、アクションの見せ場を作るのが極めて難しい。

敵と真正面からぶつかり合う絵が成立しにくく、これまでのスパイダーマンのヴィランとはまったく毛色が違うのだ。

だから思った。

なんで、物語成立難度マックスのキャラクターを、ここでラスボスに持ってきたんだ?

同じパターンの踏襲を避けたかったのだろうか。

そして、その答えは「大成功」だった。

ラスボスとしても、アクションとしても、マンネリ打破としてもしっかり成立していた。

……あと、身も蓋もないことを言うと、今回そのラスボスを演じたセイディー・シンクが、とにかく可愛い(笑)。

これまでこのキャラクターを演じた女優さんたちは、どちらかというとアダルトな顔立ちの人が多かったけど、今回は丸顔なのにシャープな美少女的雰囲気があって、思わず見惚れてしまった(^。^)