予告編などを見ていて、だいたいの話の想像はついていたのだけど、それを上回る面白さだった。
よくある直球の物語ではあるが、いくつもの方向での細部の作り込みが見事だった。
日露戦争が終わり、世界との交流を始めた日本。
二人の少女が、フランスバレエ団の日本公演を観ていた。
フジコはそこから絵画的インスピレーションを得て、千鶴はバレリーナそのものを目指したいと願う。
…数年後、二人はパリで再会する。
フジコは、本場で出会う数々のアーティストの「表現の凄さ」に圧倒され、天性の明るさはあるもののスランプに陥っていた。
一方の千鶴は、パリで両親が開いた薙刀道場の跡取りとして、バレエに興じることを封じられていた。
だが、フジコの応援と行動力により、千鶴は音大に通うピアノの名手の青年、そしてそのロシア人の母親(イイ女! ちょっとエヴァのアスカ入ってる😅)である元ロシアバレエのダンサーから踊りを習うことになる。
フジコは、パリでの保護者であるおじさんの庇護のもと、アパートで一人暮らし。
そこでの人間模様も丹念に描かれる。
ロシア人親子、世話好きで料理好きのおばちゃん、振られて飲んだくれるパリジェンヌ、気の良いフランス人親子。
山っ気のある保護者のおじさんは、暴漢に襲われる騒動などもありつつ、やがて事業に行き詰まって遁走…。
フジコは、おじさんのパリでの仲間と途方に暮れながらも、なんとか生活を続けていく。
ちなみにフジコは「マメゾー」という犬を飼っており、おばちゃんにはいつも「マ・メゾン」と呼ばれている。
これ、マンガ『めぞん一刻』で、五代と響子さんの待ち合わせのすれ違いで使われていた聞き間違いと同じであり、フジコのアパートの住人たちのバラエティ豊かさは、「めぞん一刻」の一刻館の住人たちからインスパイアされた証拠だと私は見ている。
バレエの習得も徐々に軌道に乗り、厳しいテストを乗り越えてパリ・オペラ座バレエ団の研修生に合格した千鶴。
だが、薙刀道場を細々と続けている両親にはそのことを言えずにいた。
さらにドイツとの戦争が近づき、パリの道場は畳まれ、日本へ帰国させられそうになる。
しかし千鶴は両親のもとを離れ、フジコとともにパリに残る。
こうして二人は、庇護してくれる者のいない身となった。
フジコの応援のもと、千鶴はダンススクールに通いながら新規 薙刀道場を開き、金を稼ぎ始める。
だが生徒は、元の道場にも通っていた爺さん一人だけ…。
ダンススクールの先生は、どうやら外国人を舞台に上げるつもりはないようだし、ダンスの腕はピカイチで可愛い容姿の先輩ダンサーは、何かと千鶴に突っかかってくる。
戦火は日増しに強まり、フジコの外交官の兄は同僚を通じてフジコの帰国を促すのだった。
…こうして細かくあらすじを書いたのは、暴漢たちを含め、このキャラクターたち全員が、まったく取りこぼしなく物語の盛り上げに貢献しているからだ。
それぞれが程よく顔を出し、そのたびに小さなエピソードを重ねて、パリの現実感を作り上げている。
無駄がない。
良し悪しはあるだろうけど、俺は、物語の骨子は定番でありながら、平均律に混ざる和音のうねりの数々が「神は細部に宿る」を体現していると思う。
細部の見事さを一つ挙げときたい。
フジコとロシア人音大生ルスランの仲介で、千鶴子はバレリーナだったルスランの母親オルガに踊りの教えを乞う。
その時、椅子に座っていたオルガは、なんか知らないけど腕のストレッチをしながら聞き、いったんは断わるのだ。
なんでストレッチ?
でも、その「演技」には現実感が宿っていた。
惜しむらくは、千鶴に比べてフジコの物語が弱い…、というところ。
…最後に言っておきたいこと。
①ミルクジャム食べてみたい。
②フジコは音楽家を志すルスランとデキちゃう流れだし、千鶴はパリ領事館の矢島さんとくっつくでしょ?
また、ロシア人ダンサーのオルガは、飲んだくれのエンゾとの未来が見えるね😅
③バレエに行き詰まった千鶴、その開眼の理由が絶妙。リズム、調和、周辺視野…。
④薙刀やバレエ、ピアノ演奏に絵画の描写も、俺にその素養がないからわからないけど、見事に描いているのだと思う。