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昨日は忙しい一日だったが、序盤は若社長とエドゥの三人だけで、のんびり話をしていた。
最初はエロい笑い話をしていたのだが、途中からAIの話題になり、「去年のAIの進化は凄まじかった」という流れになった。
若社長はおそらく最新の勉強をし続けている人なのだと思う。
この人の凄いところは、それを深く理解したうえで実行できることだ。
しかも、インプットした知識をすぐに俺たちにわかりやすくアウトプットしてくれる。
話の中で、これからの時代についての予測も出た。
公務員やアーティスト、ホワイトカラーの仕事は徐々に減り、金儲けの方向性も出尽くして、今後は“物理的に不安定な状況に対応できる、代替の効かない現場仕事”――力仕事やブルーカラーの時代になるだろう、という意見だった(俺も同意)。
市役所のような仕事はどんどん自動化され、公務員は職を失う可能性が高い(同意)。
芸術の分野も、すでに模倣が容易になっていて、これからは完全にAIに追い抜かれる(同意)。
そこでサッカーコーチのエドゥが「俺の仕事はどうですかね?」と聞くと、
「フィジカル系のスポーツは、人間がやって結果を出すことに意味があるから大丈夫」とのこと(同意)。
もちろん、うちのような小さな飲食店も生き残る。
規模が小さい分、すべての作業を俺自身の個性込みで回さなければならないからだ。
ただ――俺がこうして書いているような文章の行く末は、おそらくAIに取って代わられる。
それも、悲しいかな同意せざるを得ない。
俺はエロ小説も書いていて、「他の追随を許さない、突拍子もないギリギリの素晴らしくエロい表現」を生み出せている、俺ってマジ天才だなぁ……などと思っていた。
だが、その表現ですら、書いた数十秒後にはAIに学習され、模倣されてしまう。
でも、それももう仕方のないことだ。
(……ここで参考の文章を書いてみたのだが、
抑えめとはいえ過激なので割愛する😅)
どんなに独創的で過激な表現でも、数十秒でAIに学習される。
だからといって隠していても意味がない。発表してこそ「社会性」が生まれる。
そんな話をすると若社長は、
「発表した瞬間に模倣される独創性を秘匿しても意味がない。受け入れるしかない」と言った(同意)。
では、その状況を受け入れたあと、人間はどうするのか。
ここから先は、正直なところ俺には明確な答えがなかった。
俺は漠然と、「AIが完全に人間界を覆い尽くす前に、やれることをやればいい」と考えていた。
しかし若社長は別の方向性を示した。
AIがあくまで“ツール”である段階では、
【AIが並べる膨大な知識を、生きた情報としてどう活用するか――その『選択』にこそ活路がある】というのだ。
なるほど、それは確かにそうだ。
それこそを、人間の《知恵》と呼ぶのだろう。
……そして最後に若社長はこう言った。
「AIに本気で勝とうと思ったら、AIが思いもつかないような、論理無視の突拍子もない“狂気の沙汰”をやるしかないよね」(同意)。
う〜む、イランの 反政府デモは、いまだ収まっていない。
報道量はやや減ったが、それはイラン政府がインターネットや電力を遮断しているためだ。
大人たちは子どもを家に残し、「行ってくるよ」と言って群衆に合流する。
そして、銃撃され、あるいは装甲車に轢かれ、帰らぬ人となる。
捕縛された者は簡易裁判にかけられ、処刑される。
家族との面会時間は、わずか10分だという。
イラン国民の一部は、トランプ大統領の決断に望みを託している。
トランプはイスラエルとの関係もあり、思うように動けない中で、中東に大規模な艦隊を派遣している。
さらに、ベネズエラで使用されたとされる新兵器
「ディスコムボビュレーター(Discombobulator/混乱させる装置)」の存在が発表された。
これにより、ベネズエラ軍の中国製ミサイルが機能停止に陥り、無力化されたとされる。
今回の発表は、イラン最高指導者アリ・ハメネイ師が居住し執務を行う施設群「ベイト・エ・ラフバリー(Beit-e Rahbari/“指導者の家”)」への使用をあえて匂わせたものだろう。
メルケルの移民政策は、結果として、ドイツ、ひいてはヨーロッパに取り返しのつかない混乱を招いた。
もはやこれは理念の問題ではなく、政策の失敗だ。
その破綻が明白になった後ですら、NHKを筆頭とする反日メディアは、移民政策を「善」として語り続けてきた。現実検証は、ほぼ行なわれなかった。
俺は、日本にとって、移民もLGBTも、やむを得ない側面があること自体は理解している。
ただし、不法移民と行き過ぎた制度運用を認めない、というだけの話だ。
福生に生きているからこそ、移民が必ずしも悪ではないことも知っている。
だがそれは、米軍という強力な抑止力が機能している、という特殊条件の上に成り立っている。
実際、過去にはその抑止が及ばず事件も起きたし、沖縄では今も問題が続く。
それでも左翼メディアや運動家は、特定の米軍事案だけを過剰に取り上げ、その20000倍規模の、在日アジア人やクルド人による移民犯罪・治安悪化という構造的問題には沈黙する。
理由は単純だ。
彼らの関心は治安でも共生でもなく、日本社会の弱体化にある。
治安維持に協力している米軍は排除したがり、一方で、無秩序を生む制度の緩みは正当化する。
結果、日本を「規制なき空間」に近づけようとしているだけだ。
移民そのものが必ず腐るのか――
それは俺にも断言できない。
だが、管理なき移民政策は確実に社会を壊す。
今回の衆議院選挙の争点は、やはり「移民」と「国防」だ。
俺は、移民法制を厳格に整備するだろう高市政権に一票を投じる。
何年も前から言っているが、移民政策の失敗でヨーロッパは深刻な混乱に陥った。
一方で、路線を修正したトランプ・アメリカ、メローニ・イタリア、そして歴史を踏まえ移民を抑制してきたポーランドは、相対的に「平和」を保っている。
マンガでお笑い芸人を描いて、なおかつ読者をちゃんと笑わせる——。
これ、実はものすごく難しいことだと思う。
お笑いの重要な要素には「間」があるし、ネタ自体も、作者にお笑いのセンスがなければまったく機能しない。
長いあいだ、マンガで描かれる「お笑い」は、青春物語の中の記号でしかなかった。
だが、平成の中頃あたりからだろうか、作中のお笑い芸を見て、読者が本当にクスリと笑える表現が、少しずつ確立されてきた気がする。
森田まさのり『べしゃり暮らし』の作中漫才のテンポ。
『あかね噺』の落語——あれは納得させられる(落語って、その「納得」の様式美にニヤリとさせられる側面がある)。
『呪術廻戦』では、高羽史彦の領域展開における、最悪の術師・羂索との、作者入魂(と思われる)のギャグバトル……。
いずれも、ちゃんと面白い。
ギャグ漫画ではないのに、作中で描かれる「お笑い芸」が成立している。
そして最近 ジャンプで始まった『さむわんへるつ』。
これもまた、ギャグがちゃんと面白い。
恋愛漫画の側面もある本作は、主人公とヒロインがラジオ番組のリスナーとして、大喜利ネタの採用を競う物語だ(芸人ではないけど…)。
正直に言うと、俺は大喜利は苦手だ。長文で笑わせたいタイプなので、IPPONグランプリなどを見ても、毎回「すげぇ…」と感心させられる。
この作品にも感心させられている。
語られる大喜利のネタが、マジでちゃんと面白い。
しかも、ラジオ用のネタだけじゃない。ヒロインのほぼ全てのセリフがボケとして成立していて、それが自然に笑える。
そのボケを理解できる自分を、「まだまだ若いな」と思えて、ちょっと嬉しくなる。
ヒロインの絵柄も、シンプルで可愛い💕
みなさん、『さむわんへるつ(ヤマノエイ)』、読んでみてくださいな❣️

『#愛しいチグサ 』…傑作!
昨日(1/21)の朝、ふと思い立って #島田荘司 の新作を検索したら、…僥倖、なんとまさにその日に刊行されたばかりの作品があった。
すぐ本屋へ走り購入。
昨夜、一気に読破。
——やっぱり島田荘司だ。
まだ、こんな傑作を書ける。
作中で言及されるスコットランド民謡「アニーローリー」をスマホで流しながら読み進め、いやはや……ボロボロ泣いた。
2020年に英語で発表された近未来SF恋愛ミステリーの日本語版とのこと。
逆輸入翻訳ゆえか、どこか村上春樹的な空気もあるが、あの“軽さ”とは違う。
島田荘司の密度は、体感で20倍は濃く熱い。
表現の差異はあれど、手塚治虫『火の鳥 復活編』からの影響は明白だ。
あとがきエッセイがあるのだから、そこへの言及がなくてはならなかったと思う。
それでも、島田荘司の語り口はやはり巧みで、来るべき時代の恋愛の姿を見事に描き切っている。
直木賞ノミネート作『夏、19歳の肖像』や、御手洗潔シリーズ屈指の人気作『異邦の騎士』で描かれた「悲恋」が、ここでも、島田荘司の精神的な“若さ”を伴なって立ち上がる。
チグサは、女神のように美しかった……‼️
だが、それだけでは終わらない。
人間の動きや感情すら支配する電気信号を一種の神になぞらえ、アーリア民族の大移動から世界史を洗い直し、原発、そしてAIへと接続していく大胆さ。
島田作品に顕著な女性論もある(^◇^;)
主人公を中国人に設定したのも、『三体』への目配せだろうか?
相変わらず欲張りで、スケールが大きい。
まさに「ゴッド・オブ・ミステリー」島田荘司である❗️
吉村昭作品を読み進める⑪
いやはや、このシリーズ、昨年は一度も投稿していない。
読書する時間と心の余裕がなかったのもあるが、何より、本に没入する集中力そのものが落ちていた。
このままでは、マンガばかり読んで世界を語る人間になってしまうのではないか──そんな恐怖すらあった。
今回読んだのは550ページの大著だが、4日で読み終えた。
古本屋で100円で買ったが、あまりにも惜しい面白さだった。
新しいビジネスに挑もうとしている弟や、大学に進み海外で活躍したいと言うユーキ君には、ぜひ読ませたい一冊である。
ちなみに、俺はネット上の文字を追い続ける日々を送っているが、ネットの文字と、書籍の文字では、脳の使われ方がまったく違うことはお伝えしておく。
(13)『アメリカ彦蔵』
当然、実話である。
鎖国時代の日本。
廻船(輸送船)の船乗りとして太平洋岸航海に出た彦太郎は、江戸からの復路、大時化に巻き込まれる。
巻き込まれたのは嵐だけではない。
それは、これ以上ない【数奇な運命】そのものだった。
押し寄せる大波に、木の葉のように翻弄される船。
帆はもはや意味をなさず、儀式的に髷を切り、ざんばら髪で神に祈るも届かない。
船を安定させるため、マストを叩き切る。
だがマストを失うということは、嵐が去っても、大海原を進む手段を失うということだ。
ただ潮流に身を委ねるしかない、広大な太平洋での破船漂流が始まる。
幸い、積荷に食料があり即座に飢餓には陥らなかったが、
不安定な立場に置かれた一行は、精神的に追い詰められていく。
──やがて、一行はアメリカ船に救助され、そのままアメリカへ連れて行かれる。
ここから物語は、今流行りの「異世界転生」物のような世界に入る。
現代の我々なら、当時のアメリカをある程度想像できる。
だが、鎖国日本から連れてこられた異国は、中世ヨーロッパとも違う、近世欧米世界。
まさに“ファンタジー”だった。
もちろん、漂流民にファンタジーという概念はない。
だが、見るもの、聞くもの、食べるもの、すべてが新鮮だ。
そして、庶民でさえ読み書きを身につけていた勤勉な日本人は、時を経て、例外なく頭角を現していく。
昔から漠然と思っていたが、最近のアスリートの世界的活躍を見て、確信に変わった。
日本人は、極めて優秀な民族である。
大谷翔平や、先日ブラジルに勝利したサッカー代表だけではない。
損得を超えた真心で、日本人は世界中で信頼を得てきた。
ノーベル賞も、実学──化学などの分野で必ず獲得している。
また、過去の世界大戦で、名だたる将軍たちが口を揃えて「最も手こずった敵は日本兵だった」と語っているのも事実だ。
日本人は、極めてパフォーマンスの高い民族なのである。
話を戻す。
鎖国時代、日本人が公式に海外へ出ることはほぼ不可能で、外界に出た者の多くは「事故」によるものだった。
しかも彼らは、海という現場で汗水流していた庶民である。
そんな彼らが、思いがけない海難で異世界へ放り出され、それでもなお、ほとんどが見事に順応していく。
13歳で遭難した彦太郎──
この名前すら、後の「ピコ太郎」に通じるような気がしてしまうが──
彼は、その中でも群を抜いた存在だ。
正直に言えば、大谷翔平以上の活躍である。
彦太郎改め彦蔵は、ピアース、ブキャナン、リンカーン──三代の大統領と挨拶を交わし、ジョン・万次郎とも対面しエールを送り合い、語学力を買われて日米外交の最前線へ。
横浜外国人居留地では攘夷派による暗殺の危機に遭い、南北戦争下の緊迫した東海岸を船で渡り、日本初の新聞を創設。
一部で悪名高いグラバーの仲介役として新政府軍に兵器を供給し、伊藤博文とは船宿でのんびり寛ぐ。
──たかが、漂流しただけの13歳の少年が、である。
まさに、スーパーネゴシエイターだ。
若さもあったのだろうが、彦蔵は「愛されキャラ」だったのか。
容姿の描写はほとんどないが、作品には、亡き母が「目鼻立ちの整った女性だった」と一箇所だけ記されている。
現存する写真に愛嬌はない。
だが若き彦太郎には、相手の思いを受け止め、投影させる素直さがあったのではないか。
その結果、認められる人格が形成されていったのだと、俺は思う。
彦蔵は特異な存在だが、香港、マカオ、上海、広東、サンフランシスコ、ニューヨーク、ハワイ、長崎、横浜──彼は多くの漂流民と出会う。
彼らの多くも頭角を現し、有能な人材として重宝された。
だが、望郷の念だけは消えない。
吉村昭は、彼らの「その後」を、映画『仁義なき戦い』シリーズのエンディングのように、クールに、淡々と描いていく。
それが癖になる。
漂流民が登場するたびに、
こちらは無意識に「それまで」と「その後」が語られていくのを想像し、胸を躍らせてしまう。
「漂流」という過酷なテストを経て、鎖国時代の日本人は、世界で驚異的な活躍を見せた。
だが同時に、そのイニシエーションは、日本と異国(彦蔵にとってはアメリカ)の間でアイデンティティの置き場を失うことでもあった。
それは、物理的漂流が生む精神的漂流であり、ジョセフ・ヒコもまた、その狭間で揺れ続けたのだった。



