Ⅰ 甲の罪責
1.(1)まず甲は、自己所有の土地をAに売却する契約を締結しているから、民法上この時点でAに土地所有権が移転している。(民法176条)そこで、甲がその後Bと同土地の売買契約を締結したことが、自己の占有する「他人の物」を「横領」したとしてAに対する横領罪(252条)が成立する可能性があるので検討する。
(ア)まず、Aへの土地所有権移転登記がなされていないので民法上は確定的に所有権が移転しておらず(177条)、「他人の物」とはいえないとも思える。
しかし民法177条は動的安全保護を目的とするものであり、目的物に対する本権・委託信任関係という静的安全保護を目的とする刑法252条の解釈と一致させる必要はない。
思うに「自己の占有する他人の物」とは、濫用のおそれある支配力が及んでいる状態を指すと解すべきである。この状態のとき、本権・委託信任関係に侵害される危険が及ぶからである。
本問で甲は、Aとの売買契約により土地所有権移転登記をなす義務を負っているが、かかる義務に違背して二重譲渡ができるので、濫用のおそれある支配力が及んでいるといえる。
よって、本問土地は「自己の占有する他人の物」といえる。
(イ)また、252条は占有者の下にある目的物についての本権・委託信任関係を保護するから、「横領」とは委託された任務に反し、本権者でなければできないような処分をする意思の発現行為と解されるが、本問のような二重譲渡は民法上、本権者でなくてもできるとされる。
しかし前述のように民法と解釈を一致させる必要はない。そして本来土地を譲渡できるのは第1譲受人たるAであるのに、甲がその土地に対する支配力を濫用して二重譲渡した状況は、かかる濫用から保護されるべき本権者Aでなければできない処分と評価できる。
よって「横領」もなされており、Aに対する横領罪が成立する。
(2)次に、甲はBという「人」に代金1100万円という「財物を交付させ」、結果その1100万円を返還されるまで使用・収益・処分できなかったという個別財産上の損害が生じているから、Aに対する売却の事実をBに告げなかったという不作為が「欺いて」という作為と同視できれば、詐欺罪(246条1項)が成立する。
この点、甲はかかる事実をBに告げるべき信義則(民法1条2項)上の義務があるから、かかる義務に従わず自己に正当な土地所有権・処分権があると装ったところに「欺いて」という作為と同視できる積極性が認められる。
よって、Bに対する詐欺罪が成立する。
2.(1)さらに甲は、土地に抵当権を設定してC銀行から200万円の融資を受けているが、これも土地に対する支配力を濫用したものと言えるので、前述と同様にAに対する横領罪が成立する。
(2)また、Cに対する詐欺罪も、前述のBのような状況があれば、同様に成立する。
3.乙への土地売却行為も、Bへの売却と同様に考えて、Aに対する横領罪が成立する。
4.なお、横領罪成立場面について背任罪(247条)の成立も考えられるが、横領罪が成立するときは背任罪は成立しないと考えるべきである。
なぜなら刑法は背任罪より横領罪の方を重い犯罪類型としており、両者が競合するときには前者の違法・有責性を包含する後者で処断することを予定していると考えられるからである。
5.以上、Aの土地・A甲間の委託信任関係という同一の侵害対象につき3つの横領罪が成立しているが、これらの関係をどう考えるか。
確かに犯罪行為の時間的・場所的接着性はなさそうである。
しかし最後の乙への売却時に土地所有権移転登記もなしており、登記移転せず結局解除したBへの売却・抵当権登記をなしたにすぎないCへの抵当権設定行為と比べると、不法領得の意思が最も顕著に発現したものといえる。
よって最後の横領罪にその前の2つの横領罪が吸収されると考えるべきである。
したがって、甲は最後の横領罪と詐欺罪2罪との併合罪(45条前段)の罪責を負う。
Ⅱ 乙の罪責
それまでの事情を知って契約した乙は、甲と相互に利用補充して横領罪を実現した、つまり甲と「共同して犯罪を実行した」(60条)といえそうである。
確かに横領罪は真正身分犯であるから、Aとの委託信任関係のない非身分者乙は同罪を「実行」できないと言えなくもない。
しかし身分は行為主体要件であって実行行為自体の要件ではなく、非身分者も身分者の行為を利用して法益侵害しうるから、非身分者も同罪を「実行」できる。
よって乙は、甲との横領罪の共同正犯としての罪責を負う。
以上
1.(1)まず甲は、自己所有の土地をAに売却する契約を締結しているから、民法上この時点でAに土地所有権が移転している。(民法176条)そこで、甲がその後Bと同土地の売買契約を締結したことが、自己の占有する「他人の物」を「横領」したとしてAに対する横領罪(252条)が成立する可能性があるので検討する。
(ア)まず、Aへの土地所有権移転登記がなされていないので民法上は確定的に所有権が移転しておらず(177条)、「他人の物」とはいえないとも思える。
しかし民法177条は動的安全保護を目的とするものであり、目的物に対する本権・委託信任関係という静的安全保護を目的とする刑法252条の解釈と一致させる必要はない。
思うに「自己の占有する他人の物」とは、濫用のおそれある支配力が及んでいる状態を指すと解すべきである。この状態のとき、本権・委託信任関係に侵害される危険が及ぶからである。
本問で甲は、Aとの売買契約により土地所有権移転登記をなす義務を負っているが、かかる義務に違背して二重譲渡ができるので、濫用のおそれある支配力が及んでいるといえる。
よって、本問土地は「自己の占有する他人の物」といえる。
(イ)また、252条は占有者の下にある目的物についての本権・委託信任関係を保護するから、「横領」とは委託された任務に反し、本権者でなければできないような処分をする意思の発現行為と解されるが、本問のような二重譲渡は民法上、本権者でなくてもできるとされる。
しかし前述のように民法と解釈を一致させる必要はない。そして本来土地を譲渡できるのは第1譲受人たるAであるのに、甲がその土地に対する支配力を濫用して二重譲渡した状況は、かかる濫用から保護されるべき本権者Aでなければできない処分と評価できる。
よって「横領」もなされており、Aに対する横領罪が成立する。
(2)次に、甲はBという「人」に代金1100万円という「財物を交付させ」、結果その1100万円を返還されるまで使用・収益・処分できなかったという個別財産上の損害が生じているから、Aに対する売却の事実をBに告げなかったという不作為が「欺いて」という作為と同視できれば、詐欺罪(246条1項)が成立する。
この点、甲はかかる事実をBに告げるべき信義則(民法1条2項)上の義務があるから、かかる義務に従わず自己に正当な土地所有権・処分権があると装ったところに「欺いて」という作為と同視できる積極性が認められる。
よって、Bに対する詐欺罪が成立する。
2.(1)さらに甲は、土地に抵当権を設定してC銀行から200万円の融資を受けているが、これも土地に対する支配力を濫用したものと言えるので、前述と同様にAに対する横領罪が成立する。
(2)また、Cに対する詐欺罪も、前述のBのような状況があれば、同様に成立する。
3.乙への土地売却行為も、Bへの売却と同様に考えて、Aに対する横領罪が成立する。
4.なお、横領罪成立場面について背任罪(247条)の成立も考えられるが、横領罪が成立するときは背任罪は成立しないと考えるべきである。
なぜなら刑法は背任罪より横領罪の方を重い犯罪類型としており、両者が競合するときには前者の違法・有責性を包含する後者で処断することを予定していると考えられるからである。
5.以上、Aの土地・A甲間の委託信任関係という同一の侵害対象につき3つの横領罪が成立しているが、これらの関係をどう考えるか。
確かに犯罪行為の時間的・場所的接着性はなさそうである。
しかし最後の乙への売却時に土地所有権移転登記もなしており、登記移転せず結局解除したBへの売却・抵当権登記をなしたにすぎないCへの抵当権設定行為と比べると、不法領得の意思が最も顕著に発現したものといえる。
よって最後の横領罪にその前の2つの横領罪が吸収されると考えるべきである。
したがって、甲は最後の横領罪と詐欺罪2罪との併合罪(45条前段)の罪責を負う。
Ⅱ 乙の罪責
それまでの事情を知って契約した乙は、甲と相互に利用補充して横領罪を実現した、つまり甲と「共同して犯罪を実行した」(60条)といえそうである。
確かに横領罪は真正身分犯であるから、Aとの委託信任関係のない非身分者乙は同罪を「実行」できないと言えなくもない。
しかし身分は行為主体要件であって実行行為自体の要件ではなく、非身分者も身分者の行為を利用して法益侵害しうるから、非身分者も同罪を「実行」できる。
よって乙は、甲との横領罪の共同正犯としての罪責を負う。
以上