最近、憲法の“使い方”に着目した感じの研究が飛躍的に進んでいるのは、非常に興味深い。
政治的な思想を流布する手段としてのエセ憲法研究なんかより、よっぽどいいことは間違いない。
でも…まだ過渡的な研究だなあ、と思わずにはいられない。まあ、あらゆる事象は過渡的だともいえるけど、本当に定着するようなものなんでしょうか。相変わらず、日本国憲法の条文にはほとんど目を向けずに、条文からの派生にすぎない判例とか、異なる憲法を持つ外国から輸入した理論とかに依拠しているしね。
受験生に教える立場からすると、「未知の本試験問題を前にしたときに、実用に耐えるのか?」という審査基準になるわけだけれども、結局、その研究をしている学者さん自身にしか使いこなせないんじゃないか…と思ってしまう。
確かに、過去に出題された本試験問題について、後付けで分析する手法としての有用性は、全く否定しない。学者さんもブログとかで質問を受け付けてくれたりするしね。
でも、本試験現場では、目の前にある未知の問題について、もちろん質問したりはできない。
「本試験の緊張状態の中で、最新の研究成果を、適切に使いこなせる自信がありますか?」
「それで不合格になっても後悔はありませんか?」
受験生自身が、これらの質問にYes!と答えられるなら、我が道を行けばいいと思う。
しかし、受験生に教える立場としては、以下の質問にYes!と答えられなければならない。
「受験生が、本試験の緊張状態の中で、最新の研究成果を、適切に使いこなせるように伝授できる自信がありますか?」
「それで受験生を不合格にしても責任とれますか?」
…う~ん、重い。
実際、再現答案とかで、最新の研究成果を中途半端にかじって火傷しているものは結構あるからねえ…むしろ、普通に書いている答案の方が、今も昔もよほど安定的に得点できている。
ひょっとして4Aも、そういうふうに思われちゃってるのかなあ…