○『海辺の殿様』あらすじ
海辺に城を構える殿様は、大の酒好きで、昼夜を問わず酒を飲んでは家臣を困らせていた。酔っては家臣を怒鳴り散らし、理不尽な命令を下すため、城中の者から恐れられている。
ある晩、深酒をたしなめた家老が、
「殿、御身を大切になさいませ」
と諫めると、殿様は逆上し、
「余に意見するとは何事じゃ!」
と家老を蟄居に処してしまう。
以来、殿様を諫める者はいなくなり、酒量は増す一方。政務にも身が入らず、朝から晩まで酒浸りの日々を送るようになる。そのため城下では、
「家老様がおられた頃の方が、よほど平和だった」
と陰口を叩かれ、殿様の評判は落ちるばかりであった。
ある日、深酒から目を覚ました殿様は、城下が大騒ぎになっているとの報せを受ける。家臣に紛れて、見物へ向かうと、浜辺に都から流れ着いたという絶世の美女がおり、町人らが我先にと口説いていた。
殿様は権力で群衆を追い払うものの、侍姿のままでは警戒されると思い、家臣に命じ、町人の服を買わせて、町人姿に化ける。そして正体を隠したまま美女へ近づくと、意外にも気さくに打ち解ける。
美女はお菊と名乗る。すると殿様は、
「『菊』とは実に縁起がよい名じゃ。菊酒は不老長寿を願う祝い酒。酒好きの余、じゃなくて、わしには、これほどめでたい名はない」
と上機嫌になる。二人は浜辺を歩き、酒屋では高い酒を買って、女に大盤振る舞い。女と酌み交わす。
所々、町人らしくない振る舞いも出てくるが、女は深くは気にしていないように見える。殿様も女の飾り気のない笑い顔や優しさに好意を寄せる。
その後、殿様と女は小舟で沖へ遊びに出ることになる。
ところが沖へ出た途端、空が急にかき曇り、激しい雨と高波が襲う。さらに、舟の木目が家老の顔に見えたり、波の音が家老の声に聞こえるなど、様々な怪奇現象が襲う。木舟は大きく揺れ、ついには転覆。海へ投げ出された殿様は、
「助けてくれぇ! お菊! お菊!」
と必死にもがきながら、その名を叫ぶ。
「殿! いかがなさいましたか?」
戸の外に控えていた近習が駆け付けると、布団の上には黄色い液体がたんまりと広がり、その中で横になったまま手足をばたつかせる殿様がいた。殿様はなおも寝言で、
「お菊……お菊……」
とつぶやいている。
近習はあきれ顔で、
「殿、お菊という娘に夢中になられたかと思えば、菊酒までお作りになられましたか。」
と言う。