私の病歴は約18年間。長くなっています。
飽きてしまうかもしれませんが・・・念のため紹介します。

平成14年(17歳) 発症
友人関係がうまくいかず悩んでいた事、交際相手が細身だった事、もともと自分のぽっちゃり体型がコンプレックスだった事が重なり、拒食傾向になる。体重が減る事が楽しくなり、徹底的に食べなくなりました。一時39kgまで落ちました。この世界(どの世界?^^;)ではあまり低い体重ではありませんが、生理は止まり、周りからは心配されました。特に母には「もっと食べないと」と言われていました。

平成15年頃(18歳頃) 嘔吐を覚る
食べ過ぎた時の罪悪感から嘔吐をしてしまい、その時に「食べても戻せばいいんだ」と嘔吐を覚えてしまいました。この頃は過食はなく、普通の量を食べていたと思います。

平成17年〜20年(19〜22歳) 過食傾向になる
大学入学を機に日本に本帰国。自身の病気の事もあり、心理学を学びました。
日本の美味しい食べ物に囲まれ、過食が進みました。それに伴い、嘔吐も激しくなりました。母に日本女子大の精神科に連れていかれるも、結局通う事ができませんでした。その後は大学のカウンセリングを受けていました。20歳からは居酒屋でのアルバイトを始め、お酒も飲むようになり、不規則な食生活となり、毎食後嘔吐をしていても体重が増えていきました。体重が増える事は嫌でしたが、10代の頃より怖くなかったように思います。大学生活やアルバイト生活、友人関係が充実していた事が理由として大きかったと思います。またこの頃、17歳から付き合い始めた細身の彼とお別れした事も少し関係しているのではないかと思います。

平成21年〜22年(22〜25歳) 過食嘔吐が徐々に激しくなる
就職に伴い、都内で一人暮らしを始め、1人で食事を取る機会が増えました。生命保険の営業職に就き、2年目までは恵まれた営業先に配属されたこともあり、成績は順調で、やりがいも感じていました。同期や友人に恵まれ、プライベートも充実していました。異性関係では、なかなか理想の人とはうまくいきませんでした。過食嘔吐のことと喫煙していることを隠していたからだと思います。どこかでばれていたか、結局のところ私自身心が開ける相手ではなく、縁がなかったのだと思います。
この頃の食事と嘔吐の様子
平日
朝…軽食・嘔吐なし
昼…腹八分目・嘔吐は満腹感を感じた時 週に2,3回
夜…暴飲暴食・大量に嘔吐
週末
朝昼晩の区切りがなく、食べる事と吐く事を繰り返していました。夜中の2時3時まで過食と嘔吐を繰り返す事もありました。

カード利用額(食費)が収入に見合っておらず、何度も父親に助けてもらいました。それでも返しきれませんでした。

平成23年〜24年(26〜27歳) 過食嘔吐のピーク
入社3年目でリーダーに昇格しました。上司からは「まだ早いかもしれないけれど、その能力は持ち合わせている、期待している」と言葉をかけてもらい、本来ならば喜ばしい事なのですが、せっかく自分で基盤を作った営業先を後輩に譲らなければならない事、後輩に指示を出さなければいけない事などが、私にとっては負担に感じました。人に指示を出した後には「その指示で良かったのか、違う言い回しがよかったのでは」と気にしすぎてしまい、リーダーという仕事にやりがいを見いだせず、重荷に感じるようになりました。体力気力的にも金銭的にも限界を迎え、実家に戻る事にしました。通勤時間は片道約1.5時間でしたが、仕事と過食嘔吐をし過ぎてボロボロになっていたので、とにかく一人暮らしはやめようと決意しました。その頃今の主人と出会い、お付き合いが始まりました。
実家に戻る前の食事と嘔吐の様子
平日
朝…軽食・嘔吐なし
昼…レストランをはしご・ほぼ毎日嘔吐
夜…同期と居酒屋で済ませ、帰宅後にコンビニ弁当を2人前ほど食べ嘔吐をほぼ毎日
週末
朝昼晩の区切りがなく、食べる事と吐く事を繰り返していました。夜中の2時3時まで過食と嘔吐を繰り返す事もありました。
実家に戻ってからは、朝昼晩と区切りのある食事。嘔吐は満腹感を感じた時に時々。間食として過食する事もありましたが、一人暮らしの時のようにずっと食べている事はなくなりました。また今の主人と過ごす時間も増え、過食嘔吐をする機会は減りました。

平成24年9月 病欠をとり、休職
主人からの勧めもあり、病欠を決意。上司に摂食障害の事を伝え、休ませてもらいました。
平成24年12月 第一子の妊娠が発覚
病欠中に主人との間に授かりました。まさかの妊娠に驚きましたが、この子は何が何でも生まなければという思いでした。
上司には「復帰は難しそうね」と理解してもらい、平成25年3月付で退職する事になりました。辛い時もありましたが、いい経験もたくさんさせてもらい、お世話になった上司やお客様達へしっかりと恩返しできぬまま、結果的に結婚と出産に逃げる形になってしまい、今では少し後悔しています。

平成25年3月 退職  5月 入籍
新生活がスタートし、妊娠初期は食欲も落ちていたので、過食嘔吐も一旦落ち着きました。
妊娠中期に入ると食欲が止まらなくなり、再び朝と昼の過食嘔吐が始まりました。夜ご飯は主人と食べていたので、嘔吐はしていませんでした。妊娠後期はお腹が大きくなり、寝ている時に食べた物が上がってくる事(逆流性食道炎のような症状)が多くなったので、夜も出さないと不安で嘔吐する日が出てきました。
平成25年 8月 出産
産後1ヶ月は実家暮らしで、過食も嘔吐もほとんどなく、平和でした。実家から家に戻ってからは、慣れない育児に追われながら、主人との衝突(結婚前からですが)も多く、朝昼の過食嘔吐がしっかり定着していきました。日中は子どもを外に連れて行きたかったので、時間を決めて過食嘔吐をしていました。日々の過食嘔吐が趣味あるいはノルマのようになり、過食も嘔吐も育児もバランスよく自分の中でコントロールできた日は達成感を感じていました。過食嘔吐の欲求に飲まれて1日を無駄にしてしまう日もあり、そういう日は嫌悪感と倦怠感がひどかったです。

平成26年
息子が一時保育に預けられるようになったので、症状を抑えるため色々な自助グループを探しました。そして家から近いグループミーティングに参加を始めました。やっと自分の事を包み隠さずに話せる場所ができると感じました。今もそのミーティングには参加しており、たくさんの安心できる信頼できる方に出会うことができました。

平成27年9月(30歳) 第二子妊娠発覚
この時も妊娠初期は食欲が落ち、過食嘔吐の症状が少し落ち着きました。今回はつわりが第一子の頃より重く長かったため、食欲が戻ったのは妊娠後期に入ってからでした。第一子は産まれた時に3700gと大きく、お産が大変でした。その後も周りの子よりもひとまわり大きい子で、それは私の過食のせいなのでは?と思うところがあったので、今回の妊娠では体重が増え過ぎないように、しょっちゅう体重計に乗っていました。過食の量は減りましたが、嘔吐の割合が増えました。結局出産時の体重増は5kgで、娘は2900gで生まれました。

平成28年5月 第二子出産
第二子の産後は母に泊まり込みで約2週間過ごしてもらいました。この時の主人の態度が悪く、母にも申し訳なく、主人にも気を使っていたので、母が帰宅後は過食嘔吐がひどくなりました。女の子なので、主人もよく可愛がり気を使ってくれるようにもなりました。お風呂を入れたり、子どもを預かるよと言い出してくれるようになりました。ただ遊びやあやし担当なので、家事育児は基本的には手をつけません。下の子は手がかからない方ですが、避けられない睡眠不足と3歳のイヤイヤにストレスが溜まり、上の子を必要以上に叱りつけたり主人と衝突する事が増えました。この間も過食はあまりないものの、嘔吐が毎食後のようにありました。
平成28年12月 家計簿をつけ始める
嘔吐欲求と過食欲求が低下。これまでは子ども達への影響や家計への負担を考えて、過食嘔吐をやめたいとは思っていたものの、どこか頼っている部分がありました。どこかでうまく付き合っていきたいと考えていましたが、過食嘔吐が少し減っただけで時間にゆとりができ、疲れも少し解消されたような気がしました。この時「症状を無くしていきたい」と真剣に考え、強く思うようになった気がします。この頃から、家計を細かく分類し、無駄な出費や過食にかかる出費を見えるようにしてみました。

平成29年1月 心療内科に通いだす
家計を分類、過食の見える化をした事で、欲求のコントロールが少しずつできるようになりました。徐々に過食の回数は減りましたが、1日に1回は必ず嘔吐していました。主人との衝突後や、ストレスがたまった時には過食もし、嘔吐もしていました。心療内科にも通い、グループミーティングにも通い、自分自身と向き合っていましたが、なかなか症状に変化がありませんでした。逆に症状が悪化したり…という時もありました。

平成30年5月 第三子妊娠発覚
つわりがひどく、食欲が落ち、過食が減り体重もあまり増えませんでした。嘔吐をすごくしていた気がします。
平成30年12月 第三子出産
出産の入院中は上の子2人を一週間実家に預けました。病院では過食嘔吐のことを伝え、病院食を残してもいいか確認を取り、理解してもらったことで、安心しました。嘔吐もなく、入院中はゆったりと過ごしました。退院後は毎日バタバタの日々で、あまり記憶がありません。でもこの頃から嘔吐ができない夜があり、嘔吐しないと翌日の朝がこんなに暖かく感じるんだと驚いたことを覚えています。この頃から少し嘔吐が減りました。嘔吐が減ると少しずつ過剰な食欲も落ちました。

令和2年4月頃 NiziProjectを観る
休校休園、緊急事態宣言で外に出られなかったので、家でテレビを見る機会が増えました。その時たまたま知ったNiziProject。子どものころ見ていた「アサヤン」を見ていたころの気持ちを思い出しました。症状が出る前の事です。歌とダンスが好きで、教室でSPEEDの真似事をよくしていました。NiziProjectのメンバーの努力に感動し、応援すると同時に、自分の幼い頃に感じた「楽しい!」と思う気持ちを思い出しました。過食嘔吐は自分の趣味だと思っていたけれど、楽しいと感じる事、好きな事ではないと改めて感じた瞬間でした。そしてもっと私らしく生きたいと思ったのです。こんなに若い子たちが頑張っている、私も何か行動を起こしたいと思ったのです。TWICEの曲を聴いたりNiziProjectを観たりする事で、食べ物の事をずっと考える日が少なくなりました。
令和2年9月 過食嘔吐の症状がなくなる

この頃には嘔吐しないとそわそわする事、食事のことを考えてばかりになる事が完全になくなりました。食べたい物を「ちょうどよく食べよう」と思う事もなく、食べたい分食べて、苦しいと感じた時でさえ、嘔吐はしなくていい・したくないと思うようになりました。時々主人と衝突したり、嫌なことを言われた後は意識的に過食嘔吐するときはあります。

   

 

そして現在に至ります。