みなさんこんばんは☆
幸福筋トレーナーのえりです♪
みなさん、きました!2019年!!
明けまして、おめでとうございま~~~す(≧▽≦)
昨年はこのブログを楽しみにしていただき、誠にありがとうございました!
今年も、心にイイことや日々の出来事など、綴ってまいりますので
お時間のある時やタイミングの合った時などに、気軽にご訪問くださいませ♪
今年もどうぞよろしくおねがいします☆
今年は主人が年末年始お仕事だったので実家で過ごしたのですが、サイコーでした(*´▽`*)
がんばってご馳走をたくさん用意してくれた母に、ただただ感謝の気持ちです。
お母さん、本当にありがとう!
会えるのが大体年に1度の姉が、今回は休みがとれていつもより1泊多く滞在できたのもあり、
ゆっくりした気持ちで、満喫できてうれしかったです♪
家族みんな私のブログを読んでてくれてます。
そして、みんなそれぞれの場所で、人の心に寄り添ったり笑顔にしたりする活動をやっており、
色んな体験・経験をシェアしあいました。
2018年、家族みんなで大きく覚醒したようなイメージ。
地球そのもののエネルギーが上がってるので、
2018年を振り返ると、きっと多くの方たちが実感されてるかもしれませんね。
うちの家族も、モロその影響受けた感じでしょうか。
さて、そんな私たち一家に、昨日起こった不思議な出来事をご報告します。
昨日は主人が実家に合流して、みんなでレストランでランチを食べました。
櫻井神社に初もうでに行ったりして、一旦家に戻り、その後夕方から夕飯&温泉に行くことに。
私は生理だしお腹も痛かったので夕飯&温泉には行かず、娘を皆に任せて、家で寝させてもらうことにしました。
皆を「いってらっしゃ~い」と送り出した後、1階のリビングの電気カーペットの上で寝ようとした時に
さっき送り出したばかりの母からLINEが入りました。
「2階の蛍光灯消してください!」と。
階段の電気をつけて2階に上がりました。
2部屋ともドアは開いており、真っ暗です。
「ん?」と思いながらも、
「卓上タイプの小さい蛍光灯などが、部屋の隅とかについてたりするのか?」とも思い、
念のため2部屋とものぞき込んで確認したけど真っ暗。
「つけっぱなしにしたかどうか、心配になって確認してほしかったんだろうな~」と思い、
「2階見に行ったけどついてなかったよ?(^-^)」と返信すると、
「了解しました!」という母からの返事。
何の変哲もないやり取りですが、実はこの時、母の頭の中は「ハテナ?」でいっぱいだったそうです。
なぜなら、母は、「電気をつけ忘れたかどうか心配になって私に聞いたのではなかったからです。」
私が「いってらっしゃ~い」と送り出した後、
母は車に最後に乗り込みました。
そしてふと2階を見上げると、2階の父の仕事場の電気がこうこうとついており、
「ちょっと!電気つけっぱなしじゃない!車止めて」と父に言ったそうです。
でも、「えりが家の中に居るんだから、電話でえりに頼めばいいね」ということになり、そのまま発車。
「というか、消し忘れていないと思うけど・・?」という父に対して、
「なにいってるの!あの部屋なんだからあなたしかいないでしょ!」と主張する母。
腑に落ちないながらも、5歳の娘に合わせ、父が子供っぽく「ごめんなたい」という一幕もあったそう。
なので、母からすると、電気がついていないなんてありえないし、まったくもって意味不明だけど、
とりあえず「了解しました!」と私に返信した。とのことでした。
みんなが家に戻ってきてからその話を聞いて、もうビックリ!!
父は、「ほら濡れ衣だった~!」といいますが、
母は納得できません。
私は、「階段とか、どこか他のところの明かりだったんじゃない?」と聞きましたが、
「階段の電気はオレンジ色だから違う。
お父さんの部屋のあの白い電気がついてたの!
絶対についてたのに!あぁもう、誰かに見てもらえばよかった!モヤモヤする~(>_<)」
と、こんな返事。
おかしいねぇ。。。とみんなで首をかしげつつ、
これまでにあったいくつかの怪奇現象をふりかえる。
「そういえば、あの時もすごく変だったのよね~」と母。
夜、普通にテレビを観ている時、
ちょうど父が帰宅予定くらいの時間に玄関のドアが開いて父が帰宅。
靴を脱いだ父は、いつも通り部屋着に着替える為にそのまま2階の父の部屋へ階段を上がっていった。
降りてきた時に「おかえり~」と言おうと思っているのになかなか2階から降りてこない。
2階に向かって「おとうさ~ん?」と大きな声で呼びかけるも返事なし。
あれ?と思って玄関の靴を確認。靴がない。
ドアを開けて外を見ても車もない。
その後すぐ父が帰宅し、2階を隅々まで確認するも、やはり誰もいない。
でも、母は確かに玄関の音や、階段を上がっていく音を聞きたのに・・・・
と、以前、こんなことがあったんですね。
「お父さんの部屋って、亡くなったおじいちゃんとかの写真あったよね!」
そういえば、両家の祖父母、叔母2人、合わせて6名の亡くなった親族の写真が、本棚の中に飾ってある部屋でした。
「すべてのことに意味がある」と思っている私たち一家。
「目に見える世界がすべてではない」ことも受け入れつつある私たち。
年に1回家族みんなが集うこの時に、そういえばだれも写真のところに挨拶にいってないよね。
櫻井神社には出かけていくのに・・・
亡くなった方たちが、思い出してもらうために、この現象を起こしたんじゃないの?
ということになり、慌てて2階に上がって手を合わせました(汗)
そしてその夜、夜遅くまで、母から亡くなった方たちに関するお話をたくさん聞かせてもらいました。
時代と歴史を感じましたよ~~~。
そして、脈々と受け継がれてきた、目には見えないけど確かに存在している”つながり”を、実感できました。
そこから派生して、父や母の人生のダイジェストも教えてもらい、
心の底から「偶然ってないんだな~。全部必然なんだな~」って思ったし、
宇宙の流れ、大いなるものの存在を感じずにはいられませんでした。
「すべてのことに意味がある。」
今回の怪奇現象~母から亡くなった方たちの話を聞かせてもらうことになったこと。
そのタイミングが2019年の、このお正月のタイミングであったこと。
はっきりした形で、「その理由は○〇です!」という風には言えないにしても、
なにかしらの意味があり、きっと必然の出来事だったんだろうと思います。
私たちは、突然この世にポンっと生まれてきたわけではないんですよね。
生んでくれた人が必ずいる。
その人もまた、母に産んでもらって命をもらった。
それが、永遠と脈々と続いている。
私一人がこの世に生まれ出るのに、一体何人の人が必要だったのでしょうか?
数えきれないくらい多くのご先祖様たちのお陰で、今、ここに生かされています。
その方たち1人でも欠けたら、私はここにはいないのです。
その中には、辛い人生を送った方もいるかもしれません。
でも、「今」 「ここ」にいる、「この私」が、
おもいっきり幸せを感じて笑っていたら・・・?
感謝して人生を味わっていたら・・・?
これまでの命を受け継いでくださった、すべての人たちの人生が、
きっと必要で、必然で、かけがえのないものになる。
報われる気がします。
自分には、これといってなにもないような気分に陥る日もあります。
そんな日は、今の自分まで命をつないでくれた、すべての親族に想いを馳せてみるのもいいかもしれません。
あなたはひとりではない。
本当にひとりではないんです。
それに私たちは、他の命をいただかなければ、生きていけない存在です。
私一人を39年間生かすのに、
一体どれだけの命を、いただいたんでしょう。
私をこの世に生み出す為に必要だった、膨大な祖先の命の数。
生きる為に必要だった、いただいてきた膨大な命の数。
どれだけの命に、私の命は支えられているんだろう?
生きることって、なんて奇跡なんだろう。。。
「自分を大切にすること。」
「自分を喜ばせること。」
それは、「自分」だけじゃなくて、
自分を支えている膨大な数の命たちを、大切にし、喜ばせることになるのではないでしょうか?
それならば、ためらうことなんてなにもない!
べつに他の人に理解されなくったって、自分の「ときめき」や「喜び」に、胸を張っていい!
「自分」を、切り離された存在の「自分」と認識するところから、悩みが始まる気がします。
「自分」=「膨大な数の命たち」です。
その「膨大な数の命たち」を喜ばせること、
その「膨大な数の命たち」に感謝すること。
目の前の人の背後に、「膨大な数の命たち」を感じて、
自分のそれと同等に、尊ぶこと。
難しく考えなくていい。
「今」、ただ、
「ありがとう」
って、胸に手をあてて、小声でささやいてみる。
それだけで、命が喜んでるのを感じる気がしました(*´▽`*)
今日も数あるブログの中からこちらにお立ち寄りいただき、ありがとうございました☆
最後までお読みくださったあなたと、あなたを支えるたくさんの命たちに、
「ありがとうございます」
「大好きです」
(*´▽`*)