こう暑いと、なかなか夏休みの気分が抜けないですよね(あっウチだけか)。
学校が始まって、いかがでしょうか?
夏休みが思い通りだった人も、そうでない人も、切り替えですよ、切り替え。

一つのマイルストーンが終わったら、
順調に進んでいたかどうかは別にして、もう一度初めからやり直すつもりでないと、
先取りしていた人は、安心してしまうし、
たくさんやった人は、あんなにやったのにと思ってしまうし、
遅れていた人は、永久に取り戻せないと悲観してしまうでしょう。

でも、遅れたからと言って、ずっと遅れっぱなし、
先取りしたからと言って、ずっとアドバンテージが有る、
というわけでは無いでしょう。

少しさぼれば、すぐ下がるし、これから頑張ればそれだけ結果がついてくる。

時間というのは、溜めておくことが難しいんです。
だから、一区切りついたら、今までの実績は別にして、いつでもやり直すつもりで、気持ちを入れ替えて望まないと、人間どこかに隙間が生まれてしまいます。

スポーツでは良くありますよね。
水入りみたいに、少し緊張が取れると、ぷっつり糸が切れたようになってしまう。
そして調子が戻らないうちに、ずるずるいく。

来年は、連続で試験を受ける方もおられるでしょうから、今のウチに気持ちの入れ替えを練習しておきましょう。と言っても、これだけじゃ判らないですよね。少し、コツがいるので、塾の経験者に相談した方が良いかも知れません。

個人的には、塾に通う時間も、もったいなく感じる、
この九月十月の立て直しは、重要なタイミングだと思うのですが。

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社会の暗記で、思いの外手こずるのが、年号ではないでしょうか?
無味乾燥に見える年号を、ブチブチ言いながら記憶していくなんて、まさしく受験でしか意味のないことのように思えてきてしまいますよね。

しかし、年号も有る程度記憶していないと、素早く解答を導き出すことができないため、問題数の多い社会では遅れをとることになりかねません。

年号の暗記は、NNでいただいた語呂合わせテキストを中心にして、
早めに、基本となる年号を身につけて、そこをテコにして、詳しい年表で前後関係を把握していく、という方法をとりました。

基本以外の年号は、覚える必要は有りませんが基本の年号の後だったか前だったか、史実の前後関係を世界史も含めた年表で把握しておきます。
(憶えられる人は憶えた方が良いと思いますが、他の教科との兼ね合いもあるので。)一つ年号を覚えて、そこから、順番に史実をだけを確認しておけば、よほど、正確な年号を書かせる問題を除いて、この前後関係の把握だけで、歴史の応用問題を解くことが可能になると思います。

このように、
芋づる式に憶えておくには、有る程度詳しい年表を、つねひごろ眺めておく必要が有ります。そこで、ここぞとばかりに、父さんが昔使っていた語呂合わせの本を持ち出してきたのですが、問題が一つありました。
ご想像の通り、80年代以降の歴史が記載されておらず、パパの歴史は70年で止まっている、とみんなで大笑いしました。

そういえば、息子が生まれる頃までは、小学校の教科書もとってありました。懐かしいドリルなどもです。
一年の国語の教科書の最初のページは、”さいた、さいた、さくらがさいた” だったでしょうか。

今でも、私の中学の教科書はとってあります。懐かしく覗いてみたら、ほとんど息子の中学受験で出てきた内容でした。
う~ん、そんなに凄かったのか。英語なんかもう分詞構文やってるし、何考えているんでしょうな。質問されても、私は回答に詰まります(カミさんが答えてますが)。

時々、中学受験していない方から、大変だったでしょう、と言われることが有るんですが、でも単純に言葉で言い表せないくらいの、想像以上の大変さでしたね。
大変でしょうとは言ってくれていて、
こちらも説明しなければならないとは思うんですが、その大変さは、恐らく経験した方でないと判らないようにも感じています。

誰でも経験できると言うものではないので、中学受験を目指している皆さんは、 これからの残りを、自信を持って進んでくださいね。

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学校が始まったと思いますが、まだ残暑が厳しいですね。
ところで、皆さんは夏休みとのギャップは大丈夫でしょうか。
夏休みは大変頑張ったことと思いますので、ギアチェンジしないで、そのままの感覚で新学期に突入したりすると、自分のパターンが崩れてしまうかも知れませんね。
恐らく息子はそんな感じだったように思います。

これから数ヶ月は学校との共存となりますので、なるべく早めに、夏休みとは異なった通常の勉強サイクルを取り戻すことが必要になるかも知れません。九月は、夏休みの疲れなどで、つい数週間をボーッと過ごしてしまいがちなので、塾の先生などに相談して、カリキュラムを見直した方が良い場合もあるでしょう。

また、通常と異なって、夏休みだけ特に頑張ったようなような方には、気がつかないようでも、気持ちのリバウンドがあるかもしれませんので、ここしばらくのケアは大切だと思います。

*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*天使*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*天使*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*天使*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆

さて、特に、言葉の遊びで惑わせるつもりはないのですが、原因と結果について考えさせられることがありました(随分前の事なんですが)。
受験とはあまり関係ないので、以下の話はスルーしてください。

仕事上、今見ている物事が原因なのか結果なのか、つまり、タマゴなのかニワトリなのかで、悩むことが良くあります。といいますか、通常は見えている現象しか知覚できないため、その後ろにある原因までたどり着かないで、うろうろしている、という状態と言ったほうが正確かもしれません。

例えば、システムが停止した(結果)のは、処理能力を超えた負荷がかかったからだ(原因)とみるのか、
システムが一部停止した結果(原因)、処理能力を超えた負荷がかかった(結果)と考えるか、
あるいは、処理能力を超えた負荷が一部のシステム集中して停止した(結果)のは、通信回線が停止した(原因)からだと考えるか、
では、対応の仕方が異なることになります。

こんがらかって来ましたが、事実は全く違うところに原因が有りました。

実は、今年の春ころのシステム導入でこれをやってしまい、だいぶ時間をロスしました。痛感したのは、現象として今見ているものは全て結果であって、たとえその結果から二次的に次の結果を生む原因となっていても、単純に真の原因になることは少ない、ということです。
そこを見誤ると、小手先で修正しようとして、あちこちいじり回し始め、しかもそれを複数人で同時並行的に行っていたりすると、もう手がつけられなくなります。

何れにしても、一足飛びに原因までたどり着くような能力は持ち合わせていないので、地道に調べあげるしかないのですが、一刻を争う状況で、なるべく早く真の原因にたどり着かねばならないというプレッシャーが外部からかかると、正しい判断を下すことがなかなか難しくなります。

書いていて、言いたいことを説明できてないと感じているので、一般的な話かどうかはわかりません。しかし、ある確率で、受験や日常にもいえそうだとは思っています。

下がった偏差値(結果)を見て、偏差値が下がったこと自体が悪い(できないと言うこと自体が原因だ)と、捉えてしまうことは良くあるように思います。
偏差値が下がった原因が何なのか、あるいは上がらない原因が何なのか、そもそも今それで悩む必要があるのか。
あるいは、偏差値が下がった(結果)のは、算数の点数が思うように取れなかったからだ(原因)とみるか、偏差値が下がった結果(原因)、算数の点数が思うように取れなくなった(結果)と考えるのか。

もし、特定できていなければ、無理をして小手先で修正せずに、基本に返ってみる。
そうすると、案外単純な解答に行き着くことがあるものです。
訳のわからない話でスミマセン。
春先までは全く気にせずにいましたが、M氏に指摘されたことで、重要な話だとは感じているのですが、未だまとまりません。


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議論の進め方で、どうしても対抗できないのが、正論を推し進める人です。
原理原則論とでもいいましょうか。
有る意味、まりっきり正しいわけですから、反論の仕様が無い。
横断歩道を渡りましょう、と言われれば、それまでです。

しかし、原理原則論でとどまっていると、そこで止まって前に進むことがありません。
なぜなら、原理原則というのは、そういう種類の考えだからです。
原理原則論で、物事を発展させようというのは無理があります。

原理原則を述べる人は、その点を良く承知していて、議論が自分の方に向いてくるのを待っていることがあると思います。
その上で、出された提案を、正論から外れないように、少しずつ修正しながら、自分に有利な解釈を導き出す。

だから、意見を聞かれたときには、解答ではなく、まず正論を述べることを常としています。それが、本人の望む結果を指し示しているかどうかにかかわらずです。

しかし、この方法が危険なのは、正論と現実を巧みに使い分けることが、社会の仕組みとして組み込まれている人たちと議論をするときです。
彼らにとって、そういう理論の展開をするという意識がないところで、既に思考が組み立てられていることになります。

この展開をすると、戦争をしながら、一方で貧民を救済するといった一見矛盾したような行動が、社会の理論として可能になります。


特定の国を指しているわけではありませんよ。念のため。


正論と現実を巧みに使い分けているが、正論のみを真に受けて、正論のみ正しいように思考を受け入れると、それに抵触することは何もできなくなる。
正論以外が、悪いことのように思えてくる。

正論と現実、あるいは本音を理性で区別して行動することが当たり前のような感覚の人とは、はなから議論がかみ合いませんし、
そういう意識と議論を社会の仕組みとして組み込まれた人と議論しても、到底勝てる見込みが有りません(私はですが)。
日本と、世界の教育の質の違いを実感するときです。

純粋に学問だけを結果として求める中受は、世界から見れば特殊なのでしょうか?
もしかすると、そうかも知れません。
知識という側面の他に、社会の仕組みとしての伝統的な物事の考え方、日本人の考えと言うのでしょうか、そういうものを、息子と話そうとして、はたと困りました。
私自身が、そういう考えを欠落していたことに気付いたからです。

そういう気持ちを知ってか知らずか、息子は、ボーディングスクールに行きたいと言い始めました。言うのは自由だが、ウチにそんなカネはない。今でさえ精一杯なのに。

もちろん中受が目的だと思っておられるご家庭は少ないでしょうが、
今、何故勉強するか悩んでいる人がいるとすれば、自分がどれくらい頑張れるのか、一つの目標として中受をとらえ、その先に有るものを見据えながら努力することが良いのだろうと思います。
残念ながら、我が家の場合、議論が飛躍しすぎていたので却下しましたが。

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ご無沙汰しておりましたがいかがお過ごしでしょうか。
新学期が始まりますが、残暑厳しい折り、また夏休みの疲れも出てきますので、体調にはお気をつけ下さい。
私たちは、御用邸の近くにカピバラなどを見に行って来ました(宿題も終わっとらんのに)。

受験の記憶あるいは親父の説教-息子撮影

上は息子の撮影したカピバラです。
なごみ系の動物なんでしょうか、早速一匹ほしいとのたまわっていました。
平日休みが取れたので、結構すいていました。
去年は、一年を通して、とにかく息子の受験が中心に回って、せわしない思いをしました。夏休みの終わるのも、妙に早く思いましたが、今年は、その反動からか大変ゆっくり時間が流れているように感じます。

さて、夏休みが終わると、そろそろ、画一的な授業はほとんど終わりを告げ、個人の目標レベルに合わせた調整が必要になってくる時期かと思います。
たとえ、志望校別であっても、当然、皆が同じレベルであるハズは無いのですから、皆が同じように、カリキュラムをこなしていて良い訳がない、と思うのですが。
だから、一人一人のレベルに合わせた細かな計画がものを言う、そういう状況になってくるだろう、と予想していました。

しかし一方、特別に、逐次ご両親が指導しておられる場合を除いて、
大抵の場合、何をやったらよいかを判断するのは大変難しいのだろうと思うのです。
個人のレベルを細かく判定して、得意不得意、性格などから、個別にカリキュラムを見つけるのが難しい場合は、やはり、定められたコースの中で、自分のやるべき事を、早めに見つけ出すより他に方法がありませんね。

もし個人個人に指導が行き渡らない場合、当然、ついて来れるものとして、
包括的な処理の中に巻き込まれ、必要不必要にかかわらず、できれば全てやった方が良いという流れになり、最後は、精神力、体力勝負のような様相を現してきます。
それもまた、受験の真実ではあると思います。
どの受験でも、つまるところ、どれだけ勉強したかという経験値が必要でしょうから、集中力と時間にものを言わせる、それが一番判りやすくて簡単な方法でしょう?

何をするにしても、それが、勉強でなくても、自分を今より伸ばそうと思ったら、どこかで伸ばすための行動を起こす必要があるんじゃないかと思います。
つらいと思うかどうか、あるいは、
方法が合っているかどうかは別の問題にして、現状に甘んじていてはいけない、と思うことは誰にでもあると思う。

中学受験は、もしかするとやらされかも知れないが、中学受験だって、背伸びしようとする気持ち自体は悪いことではないと思う。
背伸びしているときはやっぱり苦しい。
苦しいけど、苦しいと考えるより先に、とりあえず行動して、失敗して、へこんで、さらに次の挑戦をする。
これから数ヶ月、恐らく多くの方に、そういう時期が来るはずです。

何をやるにしても、頭の中の計画までは割と簡単、でも実行は難しい。そのギャップを肌で感じて、次に繋げてほしい。その過程で、自分が見つかれば、それで良いのではないかと思う。

誰でも、どこかでいつかは背伸びをする必要があるのは重々承知していると思いますが、中学受験は無理やり背伸びさせている様に思えてくるから、違和感が有るのかも知れません。
ただ個人的経験としては、この時期に、そういう節目が有っても良いとは思います。

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山を越えればまた山、海を越えればさらなる海。
どこまで追いかけてもゴールが逃げてゆく。

夏休みには、ご家族と過ごす時間も多いでしょうから、やはり意識するとしないとに関わらず、常に周囲のフォローがあったりして、受験という考えから抜け出せずに、窮屈に感じていたかも知れません。あるいは、我が家のように、フォローが厳しくて、
息をつく閑もないと感じていたりするのでしょうか。どのレベルであっても、六年のこの時期を楽しみました、というお子さんは少ないように思います。

ともかくも、勉強漬けの夏が終わって
学校が始まると、その雰囲気の差に体がついていかないことが有るのだろうと思います。一息つけるようになって、中だるみでは無いのですが、何となく気分が乗らなくなる。あるいは、夏の疲れが一気に出てきて、もしかすると果てがない競争をしているのではないかと思ってしまう。

一仕事した後は、誰しも少し休みたくなりますよね。
九月というのは、季節的にも、そういう時期なのかと思います。

 しかし、本人は、まるっきり意識していない訳ですし、我が家のように初めてのご家庭では、周囲もどうなったか理解できないままに、休み明けの一ヶ月が過ぎるということになる可能性は高いと思います。

そういう場合には、そういう場合の勉強方法があると思いますので、変化を見守りながら、対応してあげて下さい。志望校を目指した、今までの何年間かの思い出を話すのも良いかも知れません。

学問は果てが無いが、受験には果てがある。
果てがあるからこそ頑張れる。

できることを全てやろうとしたら果てがない。
それは自分の中に取っておいて、
眼前の目標をクリアするために何が必要か、受験という大海に流されないように、自分がどうしたいのか、最後にもう一度考えてみるのが九月頃。

考え終わったら、ただひたすらダッシュあるのみ。
そして、本当に実現したいことに資源を集中する。
ゴール直前になって、全体の計画を考えていても始まらない。
あと四ヶ月もあれば、大抵のことは、なんとかできるはずだと思いこむ。

行くか戻るか、システムを変更するときには、万一の場合を考えて、常に元に戻れるように考慮しながら作業しますが、一線を越えると、どうしても元には戻せなくなります。 無理をさせる必要は有りませんが、現状からレベルを上げるには、どうしても一定期間集中することも必要。
ルビコンを渡るというか、何時一線を越えて最後のダッシュをかけるか、仕上げの号令はナカナカ判断が難しいが、我が家は気がつくのが少し遅れて、十月の中頃だったのだろうと思います。

その前に、少しだけ立ち止まって考える。
カエサルとは違い、走っているものには、できない芸当だから、誰かが冷静に判断してあげる必要があると思います。まあそれも小学生の内だけですが。

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不揃いの・・・と書くと年齢がばれそうですが、ウチのヤモリたちです。お見知りおきを下さい。

獲物に近づきながら、尻尾を慎重にくるりくるりと回して狙いをつけていきます。
見事獲物を仕留めると、やはり尻尾を大胆に振りながら、体一杯で喜びを表現します。



可愛いながらも、ヤモリ同士の緊張感溢れる瞬間を堪能できたでしょうか。
昨年は、受験勉強しながら、訪れてくるヤモリを楽しみにしていました。
家の外にいる内はいいんですがね、真夜中に、壁に擬態したヤモリを冷蔵庫の裏などで見つけると、体が固まります。

卵から孵ったばかりは、ホンの一センチくらいのものもいました。生存競争が厳しいんでしょうね。

Q:この後ヤモリたちはどうなったでしょうか?

不幸にも息子に見つかって、窓を叩かれたため、窓の下に飛び去って行きました・・・

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さて、計画通りに進んでいないことが発覚したらどうしましょうか?
大変だ、頑張らなくちゃ、ということになるのでしょうか
、それとも、冷静に可能性のあるキャッチアッププランを作るのでしょうか。

無理をしない受験勉強などありはしないと思うが
でも少し書きましたが、実行可能な計画が回り始めたら、つまり、自分の行動力を見極めたら、いつまでも、そのレベルに留まっていないようにするべきだと思います。

そうでないと、
つい、できそうな計画と問題ばかりになってしまったり、手も足も出なさそうだが面白い問題にかかりっきりになってしまったりして時間を無駄にしてしまいます。今の時代の中受は、重箱の隅をつつくように、いかに効率的に広い範囲をカバーできるかで、結果が大きく異なるように変化してしまっていると思います。
それが良くないと言っても始まりませんしね。
だから、教科にもよりますが、できるようなレベルの問題を何回も繰り返して時間を無駄にすることは、できれば避けたいですよね。

もちろん、次のステップとしては、どのタイミングで、何を、どの様に無理をするかが思案のしどころと言うことになるでしょう。何も、受験問題を解くばかりが能では有りませんが、
この辺の兼ね合いが、小学生では大変難しいのはもちろん、今時の中受の経験のないご家庭では、想像がつかないのではないかと、これは終わってから感じました。

良いか悪いかは別にして、私の学生時代のように、とにかくガンバレという精神論ではナカナカ歯が立たない状況になっているのが現実だろうと思います。子供達も、大変な時代を過ごしているというのを実感しました。いくら何でも、小学生で、これほど勉強したことは有りません


計画的に無理を試みるのは訓練の内であり、とにかくガンバレと言う精神論とは少し違います。今の時代の中受は学問とは異なるアプローチが必要なのだろうと割り切って考えた方が、どれだけ気が楽かも知れません。とにかく、精神論に陥らないで、有効な手段を見つけられるように、親の頭を切り換える。当面それに尽きるのかなと思いました。個人的に違和感はありますがね。

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信頼区間の計算を試された方も多いようですが、いかがだったでしょうか?

さて、計画通りに夏を過ごしていらっしゃるでしょうか?
かく言う私も、計画通りに事が運んだ記憶というのは、ほとんどありませんね。
どういう計画を立てても、必ずどこかで進度に対する不満が出てくる。
すごいゆるい計画は別にしてですが。

計画は、自分(或いは他人)の見込みな訳ですから、先読みと現実との差は必ず出てくるものだと思います。それは時間と実行すべき内容の差ですから、計画通りにならないことは、
逆に自分がどの辺にいるのかを知るチャンスなわけです。そして、差のあるところにこそ、資源、つまり時間を集中するかどうかという判断が求められる。

計画に自分を合わせるか、自分に合った計画にするか、いずれにしても難しいところですが、まず自分を測定してみることが必要だろうと思います。

そのために一番簡単なのは、時間決めの計画を立てる。
立てた計画通りに、時間を過ごす。
算数の問題集を一時間と決めたら、進度に限らず、一時間で終わりにして、次の計画に進む。
一日の終わりに、目論見と現実をつき合わせて、翌日の計画を立なおす。

終わりそうも無い大きな仕事は時間決めで行動する、というのが元のアイデアですが、
自分に合う計画を見つけながら、徐々に計画通りになるように自分を変えていくための手段として、初期段階では必要な事だろうと思いました。また、このようにすれば、時間をこなすことが一つの目標になるので、計画通り終わらないというストレスからも逃れることが可能で、終わった時間を見ながら、ある程度の満足感も得られます。

計画通りに進まないことを嘆かないで、とりあえず、自分にとって無理の無い計画を見つけることが、自分を理解することになり、どこを無理して伸ばしてみようかという、次のステップにつながるのだろうと思います。

P.S.
実は、休み中の掃除と片付けに応用しました。暑くて、とても終わりそうにないから、時間決めで集中して部分的に攻めましたが、毎日10分だったら可能ですよね。時間決めでやれば、結構片付くかもと思いましたが、本当でしょうか?片付けの不得意な一家でした。


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ご無沙汰しました。
ここに来て、また暑い中、お盆休みもない受験生もおられたのでしょうが、あまり自分を追いつめないように勉強して下さいね。なんだかんだいって、受験するのは君だし、体が資本なのは受験に限りませんから。

私は、お盆まわりに行くと、息子君○○に合格したんですってね、と聞かれて返答に困ったりしました。内緒というわけでは無いんですが、話さないようにしていても、けっこう広がっていたりして、どう答えて良いか困った父さんでした。

さて、相変わらず、先読みができないというか、するつもりが無いといいましょうか。
一週間もみっちりやれば終わるだろうという、中学校の宿題を、
ちまちま、ほんの少しずつしかやらない息子君には、
一言も二言も言いたいのですが、最近は、
”そんなこと言われたくないねぇ” 状態で

こちらとしても、
”オィ、貴様ぁ誰に向かって話しているんじゃぁ、”
となってしまいます・・・

かといって、自分の趣味にでも没頭しているのであれば良いのですが、
大大大好きなまんがを読んでいます。

あー、そのマンガは私が小学生の頃から集めたやつで、
もう絶版のもあって、結構貴重なんですけど、もう少し丁寧に読めませんかね・・・
せめて、読んだら元の処に戻した方が良いかなと思うんですが、どうでしょうか

と言うわけで、夏休みも半分過ぎたのに、
何をやるのでもなく、宙ぶらりんな生活を楽しんで?います。
まるで定年後の私を見ているみたいってか・・・

そのくせに、テストでは良い点数取りたいと
真摯に勉強している人をなめてはいけませんよ。

追いつめられないと、行動しないタイプ
と言うわけではなく、
追いつめられているかどうかが、自分で判らないタイプ
判らないんだから、行動の仕様がないですよね・・・

そろそろ決められた勉強の他に、
自分の好きな学問を見つけて欲しいと思うんですが、
中一じゃ無理でしょうかね。
皆さん、どうなんでしょうか。


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