人生には、何事にも現実と理想があります。
現実を理想に近づけようとして、努力はしても、理想と現実が完全に一致するということは、少ないのかもしれません。
受験では、偏差値というものさしで現実を突きつけられます。
ですから、親子共々、その現実を否応なく受け入れざるを得ないのですが、
それでも、現実が理想に追いつかなくなっていくことが、だんだん身にしみてきて実感しなければならないというのは、世間から我が家だけが取り残されていくようで、もの悲しく感じるものです。
特に、その現実が、我が身に降りかかるのであればまだしも、幼さの残る我が子に起きる場合、何とかできるものなら何とかしてあげたいという、切ない気持ちがこみ上げてきます。
我が家でも、努力の甲斐なく、偏差値が目標を下まわった時などは、重苦しい雰囲気を通り越して、一家そろって悲壮感を漂わせていたと思います。
そんな時役に立ったのが、ユーモアだったように思います。
大変くだらない、下品なことばかりでしたが、何かひとつネタを見つけて、家族の明るさを取り戻す。そうすることによって、もう一度がんばろうという気持ちになったように思います。
ユーモアのセンスというのは、時としてやる気を失っている人々に、活力を与えます。
リーダーの1つの条件だろうと思います。
記事の転載は堅くお断りします。
↓クリックすると、にほんブログ村の中学受験ブログ一覧に切り替わります。
にほんブログ村
現実を理想に近づけようとして、努力はしても、理想と現実が完全に一致するということは、少ないのかもしれません。
受験では、偏差値というものさしで現実を突きつけられます。
ですから、親子共々、その現実を否応なく受け入れざるを得ないのですが、
それでも、現実が理想に追いつかなくなっていくことが、だんだん身にしみてきて実感しなければならないというのは、世間から我が家だけが取り残されていくようで、もの悲しく感じるものです。
特に、その現実が、我が身に降りかかるのであればまだしも、幼さの残る我が子に起きる場合、何とかできるものなら何とかしてあげたいという、切ない気持ちがこみ上げてきます。
我が家でも、努力の甲斐なく、偏差値が目標を下まわった時などは、重苦しい雰囲気を通り越して、一家そろって悲壮感を漂わせていたと思います。
そんな時役に立ったのが、ユーモアだったように思います。
大変くだらない、下品なことばかりでしたが、何かひとつネタを見つけて、家族の明るさを取り戻す。そうすることによって、もう一度がんばろうという気持ちになったように思います。
ユーモアのセンスというのは、時としてやる気を失っている人々に、活力を与えます。
リーダーの1つの条件だろうと思います。
記事の転載は堅くお断りします。
↓クリックすると、にほんブログ村の中学受験ブログ一覧に切り替わります。
にほんブログ村