live houseに初めて行ったのは多分高校生時代
ん?中学か?
忘れたw
今もある老舗(今となってはの話)だった…
音楽が好きで、ちょっとだけバンドもやった
しかーし、音響の方に興味が移った
で、音響を学んだ
いい時代だった
コロンビアからの先生にレコーディングや卓の配線図見れる(理解できる)位教えてもらった
その人はYMOとの絡みがあった人だった、凄く沢山の事を教えてもらった、高橋さん
学校のスタジオを、放課後に使いたいと無茶な事を言って、友人のバンドのレコーディングもやったな
国永さん、スタジオ使わせてくれて感謝だった
高橋さんか国永さんかが、48のマルチ一本使っていいって言ってくれたのも、今考えると凄いことだ
そして、機材を自由に使わせてくれた
30万するノイマンも放課後に先生居ないけど、自由に
勿論、大事に扱いちゃんと仕舞ってた
少し前からTVに出てる声楽の先生も、なにかの授業してて、涼子ちゃんって呼んで仲良くしてもらってた
かわいい先生だったから、アイドル的な
そいえば、マイケルジャクソンも来たっけ
ナイトレンジャーは学校の1階の吹抜で目の前1m位で演奏してくれた
今は亡き浅野さんは、学校説明会に来てくれて、スタッフだった自分にとても優しかった
midiギター、凄かったな
そんなこんなで本気で音を好きで
PAに成りたかった
がね、昔はデジタルは無いので
重いもの運べなきゃダメ
転がし一人で運べなきゃ当たり前にダメ
で、就活すごく頑張って、新規に出来るリハスタに就職
音確認の最初のお客様は甲斐バンド
100畳stとミーティングルームとラウンジとシャワーもあるスタジオが3つある地下2階地上4階のとこ
今は有名なスタジオが買取って存続してるらしい
予約がない時や暇なとき、スピーカーチューニングをEQとマイク行ったり来たりしながらやったな
今はデジタルだからそんな手間はないのかもしれない
でもさ、空いてるスタジオの機材自由に使って色々できる(学べる)環境、ありがたかった
あと、先輩がマイクで色んな音を出し(低音、高音、発音等々)EQ前にスタンバってハウる寸前に下げないと怒られるし、耳で全て覚える環境
ま、色々あって辞めてしまってけど
(それはまた別の機会に書くかも書かないかもw)
その後は違う職種をやってきた
全ては金のためだけの仕事w
でも、音楽というか音は変わらず好き
体力が自信持てないから、
ライブ行くときは凄くドキドキする
しかし、他の事を差し置いてでも優先する
来週は、人生初行った小屋にまた行く
感慨深いものである
これを読む人は、なんで読んでいるのだろう?
くだらない呟きなのにw
なんて皮肉を最近あった事のせいで最後にちらりと
音とは、好きな音とは、極上の食事より上なのかもしれない
と、個人的には思う。