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7年前

9月初旬に台風で大きな被害があった

救急入院中の父、その病院は1階の大きな窓が風で破壊され、3階に入院していた病室にも窓の隙間から雨水が入り冠水だったらしい


しかし、TVでは一切被害の話はなかった

あちこち大きな被害が出ているというのに

停電は勿論

道路寸断、電柱もあちこち倒れたり傾いたり


政治は一切助けてくれなかった

そんなまま、その10日か2週間後にまた台風

派手な被害が出た

やっと報道が動いた


政治は動きは遅かった


9月のまだまだ暑い時期、2〜3週間以上停電、

ガソリンスタンドは長蛇の列

そして秋雨も降る



そんなこんなの後

10月、入院から一月半位で父は急逝した



一旦自宅へ

お坊さんの都合とか火葬場の都合とか

ゆっくりお別れする時間がありました

(あえてお坊さんがそうしてくれたのかもしれない)

葬儀社は父をよく知っている方々で、毎日ドライアイス持ってきたり色々ととても良くして下さいました


仮通夜(形的には通夜の前日)、自宅に地区の方や親族等たくさん来てくださいました

通夜や葬儀は地区の方々はお手伝いをしてくださるので、役割がそれぞれあり参列できない方も多いのです。


仮通夜の終わった後、妹家族が帰ると。

明日大雨予報だけどなぁと思いつつ、まぁ大人だから考えてるだろうと

実際は自分自身がヘットヘトほぼ寝てない状態だったので、明日の確認なんてパワーはなし



翌日

通夜に備えまず移動

通夜は夕方からなんだけど、朝から地域の方々が来てくれて打ち合わせやら葬儀屋さんとのいろいろやらることばかり


少し時間ができたのは葬儀場に到着し、未だ弔問客来る前の少しだけ


で、

そこから、


大雨

バケツひっくり返しまくってる大雨

一体何事?っていう大雨


弔問の方もあちこち道路冠水で、大分苦労されながら遅れてや通夜終わったあと到着の方もいらっしゃった

今思えば、有り難いことです

悪路の中、お別れしに来て下さった皆様

その状況に臨機応変に対応してくださった葬儀社の担当者のおじさまも、今も名前を忘れられません


通夜の会食も終わって、皆様帰った22時過ぎ

やっと妹家族が登場

冠水で時間がかかったと、怖かったと


呆れてしまった。。。

バカなんだな、昨夜実家に泊まればよかったのに

しょせんそんなもんなのか。。。

というのが正直な気持ちだった


県内なのに、何故?読みが甘すぎる

弔問で来てくださった親戚には他県からの方もいたのに

天気悪いのに相当な数の方が来て下さったのに

揃って出迎え御礼申し上げる側なのに。。。

ブチ切れるパワーは残ってなかったので無言で済ませました


葬儀屋のおじさまの対応は素晴らしく、妹家族が食べる分のお寿司等々残して置いて下さってた





雨雲レーダーとか天気予報とか

情報はある

どう使うかは人それぞれ


どうしようもない用事で外に出てるときもある

避けられない事もある

しょうがないで済ませられない

一生に一度の事は後悔の無いように

可能な限り備えたいものだ


そして、出ずにどうにかなる用事なのであれば

出ないが一番だとも思う

他の大事な事のためにも。



あ、

大雨次の日の葬儀ですがいい天気で

お坊さんが、雅楽を奏でながら入場と退場するという見たことも聞いたこともない経験でした

今でもTVで雅楽が流れると蘇ります

ま、それはまた気が向いたら書くかも書かないかも。