エジソンの明かりと日本の意外な関係!
今日は、国際反戦デーにあかりの日です。
【活用場面】
あかりの大切さを思う!
トーマス・エジソンが京都産の竹の繊維を炭化させたフィラメントを用いて、白熱電球を完成させたことにちなんで、あかりの日だそうですが、なぜ京都産の竹だったのでしょうね?
エジソンが生まれる前から、抵抗の大きい素材に電流を流すと発光することは知られていました。これは電球のフィラメントのことです。フィラメントにはそれまで木綿を炭素化したものを使っていたりしていました。
エジソンはフィラメント材料を見つけるのに大変苦労したようです。最初は木綿糸や何と友人のヒゲまでも素材として使ったのだそうです。当然、これらはすぐ燃えつきてしまいました。 6000種類にも及ぶいろんな材料を炭にして実験をしていたエジソンですが、ある日エジソンが見つけたのは、彼の研究所で机の上に置いてあったお土産の日本扇子。扇子には竹が使われています。その竹の骨を加工しフィラメントに使ってみると200時間という飛躍的な灯火時間を実現したのです。
当時の金額で10万ドルをかけ、全世界へ材料を探すため20人の竹採りハンターたちが派遣されました。彼らは 1200種もの竹を全世界から集めたそうです。1880年、一人の竹採りハンターが来日。時の首相伊藤博文と会い、「竹なら京都へ」とのアドバイスを受けます。京都では、初代京都府知事から「竹なら八幡か嵯峨野がいい」と言われます。そして、八幡男山付近の竹が約2450時間も灯り、世界竹選手権(エジソン主催)で見事1位を獲得したのです。
こうして、八幡の竹は1894年までエジソン電灯会社に輸出され、何百万個の白熱電球が作られ、全世界に明かりを灯しつづけたのです。
フィラメント型の「元祖電球」が進歩した過程に、日本の竹が関わったことを知ると、あらためて日本の持つ力と可能性を感じざせられます。