宮本伊織は豆腐好き?
今日は、東武に豆腐の日です。
【活用場面】
倹約が必要なこれからの生活に!
宮本伊織は、武蔵の養子で15歳の時姫路藩(小笠原家)に仕官し、20歳で家老に、主家が小倉11万石に転封されてから筆頭家老になった事は有名な話です。
そんな伊織と豆腐に纏わる話です。
宮本伊織は、接待・宴席で豆腐料理を出されるとことさら喜ました。この噂は藩内はもとより近隣の国にも広まっていき、そのため伊織がらみの宴席では豆腐がメイン料理となることが多くなりました。
晩年、伊織に使える女中が
「殿様はほんとうに豆腐がお好きなんですねえ」
と言うと、伊織はにこやかに笑って、
「本当に好きなものは他にあるのだが、政務を司どるものが贅沢好きでは下に対してしめしがつかない。それに、豆腐好きということにしておけば、余計な気遣いもさせなくて済む」
と言って女中に他言無用と約束させた。
これは伊織の配慮によるもので、晩年の告白に「私が美食を好めば周囲も気を遣うし、家中一統が贅沢(ぜいたく)になれば藩が疲弊する。藩内に倹約の気風を養うために豆腐を好物とした」と語り継がれたということです。武蔵の質素倹約を旨とする武士道の教育もあってか伊織という人はなかなかの人物であったことは間違いないようです。
その生涯を藩主・小笠原忠真に仕えて忠義を全うして忠真の没後11年後の1678年(延宝6年)豊前小倉において67歳でこの世を去ることになります。そして武蔵の言のとおり宮本家は代々小笠原・小倉藩で受け継がれていくことになるのでした。