白虎隊の他にあと三隊? | 朝礼スピーチのねた ブクロ

白虎隊の他にあと三隊?

今日は、処暑に白虎隊の日です。

【活用場面】

白虎隊ばかりが有名ですが、四獣神ですから、あと三隊あるんです。ご存じでしたか?

慶応4(1868)年1月、「戊辰(ぼしん)戦争」という国内を二分する大きな戦争が起こりました。薩摩、長州藩などの倒幕勢力と会津、桑名藩などの旧幕府勢力との戦いです。

会津藩の軍制は当時交流のあったフランスの軍制に習い年齢別に編成され、中国の故事で「方角の守護神」とされていた空想上の動物の名前、玄武(げんぶ)、青龍(せいりゅう)、朱雀(しゅじゃく)、白虎(びゃっこ)を隊名につけました。

玄武隊(50歳以上)、青龍隊(36歳から49歳)、朱雀隊 (18歳から35歳)、白虎隊(16,17歳)に大きく分けられ、さらに身分により高い方から、士中(しちゅう)、寄合(よりあい)、足軽隊に分けられていました。

白虎隊」は約340名おり、身分により「士中一、二番」「寄合一、二番」「足軽隊」の5隊に分けられていました。この中の上級武士の子弟で構成されていた「士中二番隊」42名が、慶応4年8月23日(今の暦では10月8日)に猪苗代湖近くの「戸ノ口原」で戦いましたが敗退し、うち20名(人数には異説あり)が飯盛山 に逃れてきましたが、城下で発生していた戦火に包まれた鶴ヶ城をみて、もはや会津に勝ち目無しと思い、自刃(じじん)したのです。元号が「明治」に変わる16日前の出来事でした。

因みに、今年は明治が終わって101年になります!