感動の日本ダービー!
今日は、植物学の日に日本ダービー記念日です。
【活用場面】
常に常在戦場の気持ちで挑む!一戦一戦を重視!
ダービーとはロンドン郊外で開催されるサラブレッド3歳馬ナンバーワンを決めるレースの事で、イギリス競馬界最高の行事でした。以来、日本を始め世界各国でそれに傚った「ダービー」という名前を附けたレースが開催されるようになりました。
さて、ウイニングチケットと柴田政人のいい話!
数々のタイトルを手中に収めてきたベテランジョッキー「柴田政人」でしたが、まだ勝っていないレースが「日本ダービー」でした。
とあるイベントで「この馬でダービーを勝ったら騎手をやめてもいい覚悟で乗ります」と言った、柴田政人。彼なりのリップサービスのつもりだったのだが、いつしか「ダービーを勝ったら騎手をやめる」と言葉が一人歩きしていきました。それほど、柴田はダービーを勝ちたかったし、勝てなかった…
そして、時日は過ぎ最大のチャンス第60回日本ダービーが訪れた。
前走の皐月賞は4着に破れたものの、レース内容はダービーを意識したものだったといわれています。
皇太子ご成婚記念と銘うたれたレース。運命のゲートが開きます。終始、中段の内側を走っていたウイニングチケット。そして、今でも語り継がれる運命の第四コーナー…
前を走っていたドージマムテキが荒れた内側を嫌って外へ進路を変えていった…
ウイニングチケットの前には、ぽっかりと開いた…
堅く閉ざされていたかに見えた馬の壁が開いたのだ…
この絶好機を見逃すわけにはいかなかった。早仕掛けは分かっていたが、柴田は追った。
追ってくるのは、ライバルのビワハヤヒデとナリタタイシン。
3頭がひとかたまりになってゴールへ駆け込んだが、ウインニグチケットは2着のビワハヤヒデより半馬身前にいた…
ついに柴田政人はダービーを勝ったのだ。
ゴールの瞬間、アナウンサーはこう絶叫した。
「勝ったのは柴田政人とウイニングチケット」
そして、柴田政人のインダビュー
「私が第60回ダービーを勝った柴田です、といいたい。」
その後、ウイニングチケットはGⅡ京都新聞杯を勝つものの、翌年秋の天皇賞で故障。引退
柴田政人騎手も落馬による負傷で引退。
柴田政人にダービーを勝たせるために生まれてきた馬。ウイニングチケット。
運命的なものを考えずにはいられない、感動のレースでした…
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すばらしい友人は、「知的財産」です。
