大本営、ガダルカナルからの撤退決意!
大晦日ですが、かつては戦争のまっただ中だったんですね!
ガダルカナル島の戦いは、第二次世界大戦において1942年8月以降、日本軍と連合国軍がガダルカナル島を巡って繰り広げた戦いです。
ガダルカナル島の戦いは、日本の継戦能力の限界を超えた状況となっており、11月24日にはある将校が「そこら中でからっぽの飯盒を手にしたまま兵隊が死んで腐って蛆がわいている」旨を大本営に報告していましたが、撤退は未だ決定していませんでした。1ヵ月後の12月31日になって日本軍はようやく撤退に向けて動き始めたがこの間にも多くの将兵が餓死していいきました。
救援に向け12月6日には閣議において作戦部長の田中新一中将が16万5000トンの艦船をガダルカナルに送り込むよう訴えたが、大本営はその半分の増援も認めなかった為、東条英機を馬鹿野郎と怒鳴りつけ更迭される事態も生起していました。
ようやく1942年12月31日の御前会議において「継続しての戦闘が不可能」として、ガダルカナル島からの撤退が決定されました。
この決定からさらに1ヶ月を経た1943年2月1日から7日にかけて、撤退作戦が行われ、各部隊のほとんどは予定通りに撤退地点まで到着することが出来ましたが、身動きの出来なくなった傷病兵を自決させ、あるいは「処分」することが大規模に行われていたということです。