第二次世界大戦開戦決議!
1941年12月1日、御前会議で、ハル・のノートによるアメリカの要求は受け入れられないとして対米英開戦を決定。
日本政府はハル・ノートを最後通牒であると受け取り(前段には試案であるとの表記があるにもかかわらず)、東条英機総理大臣も「これは最後通牒です。」と述べた。
日米交渉に対して日本政府内では当初妥協派が優位であったが、ハル・ノートを提示されたことで軍部を中心に強硬意見が主流になり、それに引きずられた形で昭和天皇も「開戦やむなし」に傾いたとされる。
この結果、12月1日の御前会議にて対英米開戦が決議され、ハル・ノートが提示される以前に択捉島の単冠湾を出航していた機動部隊に向けて12月1日5時30分、真珠湾攻撃の攻撃命令が発せられた。ここに、アメリカを巻き込む日本と戦いの火ぶたが切って落とされた。