手取川の合戦
1577年11月3日(天正5年9月23日)に加賀国の手取川において、上杉謙信軍が織田信長軍を撃破したとされる合戦。
柴田勝家率いる織田軍先発隊は、七尾城落城を知らないまま進軍を続けたが、途中で以前から勝家と不仲だった羽柴秀吉が、意見の対立から勝手に離陣するなど、すでに内部統制が乱れていた。
一方、織田軍接近を知った謙信は、直ちに七尾城を出撃、手取川付近にあった松任城に入った。対して、勝家は全軍が手取川の渡河を終えた所で初めて、七尾城落城と謙信軍の松任城入城を知り、即座に撤退を下命したが、その途上謙信直率の上杉軍の追撃を受け、渡河に手間取った事もあり成す術も無く上杉軍の餌食になったと言われている。
結果、織田軍が1,000人余りの戦死傷者、さらに手取川で多くの溺死者を出す大敗を喫したとされる。
※ 4日の「スピーチのねた:敦盛」も読んでみて下さいね!