君子豹変って悪いの?
【活用場面】
多大な労力を伴う大きな決心変換を断固として行う!
「君子豹変」という言葉を「朝令暮改」のように、決心がコロコロ変わって優柔不断のように使っている場面を見かけることがある。
「君子豹変」とは、悪いことなのだろうか?
その答えは、原文を見てみると分かる。
易経の原文では、「君子豹変、小人革面」とあり、「君子は豹変す。小人は面をあらたむ。」と言うことである。つまり「立派な人物は、自分が誤っていると分かれば、豹の皮の斑点が、黒と黄ではっきりしているように、心を入れ変え、行動の上でも変化がみられるようになる。反対に、つまらぬ人間の場合は、表面上は変えたように見えても、内容は全然変わっていない」と言うことです。
いつまでも自己の考えに囚われず、誤りを認めればきっぱりと心を入れ変える。自分の間違いを認めることです。なかなか出来る事ではないでしょう!
特に、上司等の重大な仕事で部下に多大な修正を強いるような場合、必要な修正をせずに、取り敢えずの小修正で納得してしまう様なことはないでしょうか?
もちろん、最初から誤りがないことが一番良いのでしょうが、誰しも誤りはあるものです。もしも、間違ったら、素直に謝ってどしどし「君子豹変」しましょう!