「ろ号作戦」発動!
連合艦隊司令長官古賀峯一大将は、ブーゲンビルに集結した敵艦隊及び航空兵力に対する攻撃を企図して10月28日「ろ号作戦」を発動した。
ラバウル方面の基地航空兵力を補うため、第1航空戦隊の空母艦載機(零戦82機、九九艦爆45機、九七艦攻40機、二式艦偵6機)を投入、作戦指揮は第3艦隊司令長官の小沢治三郎中将が執ることになった。
11月5日午前9時20分、米第50任務部隊の空母「サラトガ」「プリンストン」から発進した攻撃機がラバウルを空襲、栗田健男中将率いる第2艦隊は大半が損傷し、トラックへ引き返さざるを得なくなった。
午後12時55分、索敵に出た「彗星」から米艦隊(空母2隻,巡洋艦4隻、駆逐艦5隻)を発見の報に接すると、すぐさま九七艦攻14機を発進させた。しかしこの米艦隊は空母や巡洋艦ではなく魚雷艇や上陸用舟艇であった。戦果は、魚雷艇1隻の撃沈のために九七艦攻4機を失うものとなった。
11月8日午前6時、タロキナ沖に米輸送船部隊発見の報に接した小沢中将は8時15分に零戦71機、九九艦爆26機を発進させた。この攻撃で輸送船2隻を撃沈したものの、零戦5機、九九艦爆10機を喪失した。また午後2時30分米艦隊(戦艦3隻を基幹とする大艦隊)発見と報じたため、小沢中将は九七艦攻9機と一式陸攻12機を発進、しかしこの艦隊も軽巡3隻駆逐艦4隻の小艦隊にすぎず、戦果は軽巡「バーミンガム」に魚雷1発を命中させるにとどまり、逆に九七艦攻2機と一式陸攻5機を失った。
11月11日早朝、ラバウルは米機約200機の空襲を受けた、駆逐艦「涼波」が撃沈され、軽巡「阿賀野」が損傷した。この直後小沢中将は零戦33機、九九艦爆23機、九七艦攻14機からなる攻撃隊を発進、帰投する米攻撃隊を追尾攻撃させることにした。午前10時、米空母部隊を発見し攻撃するが、損害を与えることができず逆に戦闘機の迎撃と対空砲火により零戦2機、九九艦爆17機、九七艦攻全機を失うという損害を受けた。
11月11日までの戦闘で、173機あった小沢艦隊の可動機52機までに減少し、大損害を受けたことに衝撃を受けた古賀大将は11月12日「ろ号作戦」を中止した。