支那事変と秋月の乱 | 朝礼スピーチのねた ブクロ

支那事変と秋月の乱

■ 支那事変 中支那派遣軍、武漢三鎮を占領


 天皇より発令された武漢攻略作戦は、中国中央部の要衝を占領し、海外からの後方連絡線を遮断する広東攻略作戦とあわせ蒋介石を屈服させる、日本の国力を賭けた大作戦であった。


 中支那派遣軍(2コ軍13コ師団)は2方面から攻撃、主攻第11軍は海軍との連携・兵站支援容易な揚子江沿いに進撃、助攻第2軍は大別山北方から迂回、2ヶ月間の激闘の末、10月27日武漢を攻略した。


 しかしながら、既に蒋介石は重慶に逃走、紅軍の周恩来らも日本租界の建築物を焼き払って引き上げており、支那事変終結の望みは潰えた。


 下の記事は、蒋介石の逃走した重慶での今日の出来事です!



■ 明治9年 秋月の乱


 三日前に熊本で起こった神風連の変に呼応して、福岡県旧秋月藩の士族約400名によって起こされた反乱。


 反乱軍主力は10月31日には鎮圧され、主要幹部が自刃したが、一部の徹底抗戦派は討伐本部を襲撃するなどして反乱を継続、11月24日に全員が逮捕された。