「あっ、ごめん!!間違えた。俺寝ぼけてて恭平かと・・・」


慌てたはずみで直人君はベッドからころげ落ち、そのまま恥ずかしそうに部屋を飛び出して行った。


「恭平」というのは直人君の弟。


現在中学校に通っている。


直人君は恭平君をとてもかわいがり、とても大切に思っていた。


もちろん恭平君の方も、兄思いのとてもいい子だった。


いつも遅刻しそうになる兄をいつも起こしていたのだろう。


寝ぼけていた直人君は、私を恭平君と勘違いしてしまったようだ。




直人君の部屋に一人取り残された私。


彼のベッドの上に座ると、ぼんやり考え始めた。


なーんだ、違うのかぁ・・・・。


ひょっとして直人君があの約束を思い出したのかと咄嗟に私は思った。


だから私のことを抱きしめてくれたのかと。


しかしそれは私の妄想でしかなかった。


そうよね、そんなに簡単に思い出したりしないよね。


・・・・・ショックだった。


朝からテンションが一気に下がってしまった。




結局直人君とは気まずい雰囲気のまま私は仕事に向かった。


今日からテストということで、「頑張ってね」とだけ声を掛け、部屋を出た。


大丈夫かしら?と気にはなるものの、他に声もかけ辛い。


思い浮かぶ言葉も見つからない。


直人君も「うん」と言ったきり、何も言ってくることはなかった。




「おはようございます」


後ろを振り向くと、元気な声はジュニアだった。


そしてその後ろから、矢野課長の姿も見える。


いつもの出社風景。


通勤するスーツ姿の人々が、歩道を歩いている。


「おはようございます。先輩、朝から何かありました?」


鋭い質問を投げかけてくる矢野課長、彼女の勘の良さは、今日も朝から健在だ。


この分だと、今の仕事を辞めても、他の職業でも十分やっていけそう。


例えば占い師とか、人生相談みたいな?


うん、私が保証する。



「すごいですね矢野課長は。朝倉先輩の顔を見ただけで、何でも解かってしまうんですね」


「ま・あ・ね。付き合い長いし」


あなたには解かっても、私にあなたのことは、一切全く何にも解かりませんけど・・・。


そう突っ込みたかった。


でも、二人の目が明らかに疑惑の目に変わった今、それを言うよりも先に弁解が必要だと考えた私。


「別に、なにもないです!!普段と一切何ら変わりありませんよー!!」


必死に取り繕うものの、二人の目はますます疑惑の色を強めるばかり。


やぶへびだったかしら?


顔を抑え、ただ笑うしかなかった。



「おはようございま~す」


その声に後ろを振り向くと、若い女子社員たちの姿があった。


朝からジュニアに挨拶しようと走って来たのか、みんなはぁはぁと息を切らしていた。


そこまでして・・・・。


彼女たちの半端ない思いに、呆れるやら感心するやら。


若い子って凄い!!


そんな中、私と矢野課長は、騒ぎに巻き込まれまいとすばやくその場を立ち去った。