「いえ、私はそんな扱いを受けたいとは思っておりません。むしろ、みなさんにビシビシと躾ていただきたいと思っております」


彼はきっぱりとそう言い切った。


なかなか感じのよい好青年という印象を受ける。


しかし、そんなこと言われたからと言って、誰一人、彼に対してそんんな事できる訳がないのが現実だろう。


みんなそれぞれ自分の立場がある。


もちろん自分の身が可愛いに決まっている。


「それでは先ず朝倉君。君が彼の担当ということで、いろいろ教えてくれたまえ」


へっ、私・・・?


なんで雑用担当の私が?


でも、そんなこと言えない。


万年平社員の私には、仕事を選ぶ権利なんてないのだ。


上司の命令には絶対服従。


ちらっと隣を見ると、矢野課長が意味ありげにほくそ笑んでいる。


嘘でしょ?


きっと、矢野課長が仕組んだに違いない。


私は彼女をキッと睨みつけ口を尖らせた。


そんな私に向かって、「いろいろ教えてください」と、北村さんが優しい声で言った。


「朝倉です。こちらこそよろしくお願いします」


仕方なしに、私も北村さんに応える。




その後、紹介が終わると、みんなそれぞれ自分の仕事に戻っていった。


私は早速、彼に資料のコピーを頼むことにした。


「これどうやって使うんですか?」


なるほど、そこから説明がいるのね。


そう思いながら北村さんにコピー機の使い方の説明を始めた。


しかし、気を使う。


なんたって社長の息子ですもの。


説明するのにも、神経を使うわよ。


一通り説明が終わると、「どうもありがとうございます」と、丁寧にお礼を言われる私。


北村さんって、なんか普通の男性社員と比べると、凄く礼儀正しい気がする。


その上、独特のオーラがあるようにも思える。


あと、身長が高く、顔もなかなかのイケメンだ。


本来なら、こんな部下を持ててうれしいんだろうけど・・・。


そんなことを思いながら、なにげなく窓を見ると、他の部署の女子社員が、こちらの様子を覗き込むように集まっていた。


北村さんを一目見ようと、彼女たちの視線はすべて、彼に向けられていた。


「みんなすごいわね。ジュニアともなれば」


「そういう朝倉さんはどうなんです?担当だなんて、みんなからすごく羨ましがられると思いますよ」


「なによ。それ仕組んだのは矢野課長でしょ。私は別にそういうの興味ないし」


本心から出た言葉だった。


彼は確かに格好良かったし、将来も確実に約束されている。


けれどそれでときめくことはなかった。


だって私には・・・・・。


直人君という、すでに気になる存在がいたから。


そんな矢野課長も私と同様、北村さんには興味を持っていない様子だった。


矢野課長とは長きに渡り仲良くしているが、あまりプライベートな部分は知らなかった。


だから、恋人の存在なども全く知らなかったし、私自身もそのような話はしたことがなかった。


「矢野課長はどうなの?」


「私も別に?って感じですね」


思った通りの答えが返ってきた。


私たちは窓の外にいる女子社員を、様々な思いでしばらく眺めていた。



「朝倉先輩、コピー終わりました」


北村さんがコピーした資料を抱え立っていた。


「先輩・・・?」


彼の突然の呼び方に、少し困惑気味の私。


しかし、彼はいたって冷静な態度で、「はい、朝倉先輩とお呼びしたほうがいいかと・・・」と答える。


「いいんじゃない。ねっ、朝倉先輩!!」


それを聞いていた矢野課長が、横からちょっかいを出して来た。


「ちょっと・・・、矢野課長!!」


慌てる私に、矢野課長は嬉しそうに笑っている。


私は言い返す言葉もなく、ただ口ごもるだけ。


自分は立場は違えど、れっきとした先輩に違いない。


ここはなにを言われても、敢えて先輩と呼ばれるしかないのだ。


それにしたって・・・・・。


なんて皮肉なことだろう。