どれくらいの時間が経ったのだろう。
空には月が高く昇り、日中の暑さはどこかへ消え、風が涼しく感じられた。
二人はベンチに座っていた。
「ミサトチャン、ごめん。俺・・・なんて言うか・・・」
「ううん、謝らないで。悪いのは私のほうだもの・・・」
「そんなことない。俺、ミサトチャンを守るとか言っておきながら、泣かしたりしてさ」
「違うの。あれは、私があなたを苦しめているって思ったから・・・」
どこか本心を押し殺したような、苦々しい会話が続く。
「俺、そんなこと思ってない。俺はミサトチャンが好きだし、好きだからどうしても抑えられなくなるっていうか・・・。でも、もうあんなことしない。約束する。ミサトチャンが俺の先生でなくなる日まで、絶対!」
「いいの?」
彼は何かを決心したかのように大きく頷くと、立ち上がった。
二人の間に、夜風が駆け抜ける。
「ミサトチャンのこと大切にするって、お婆ちゃんとも約束したしな」
急に「お婆ちゃん」と聞いて、私は思い出した。
「そうだ、私、あなたに今日の話し聞こうと思って、会いに行ったんだったわ」
「おおっ、そうだった。行ってきたぜ、ミサトチャン家」
私は帰り道、彼の話を聞きながらドキドキが止まらなかった。
大筋は、母から聞いていたのだが、彼から直接聞く話は、また違った意味でとても興味深いものだった。
私の家族にたった一人で会いに行くなんて、本当に田村くんってすごい人だと思う。
私の家族は、すっかり彼のことが気に入ってしまっているようだ。
私のマンションの前に着いた。
「それじゃあ、おやすみ」
「ありがとう。おやすみなさい」
彼はそう言うと、照れくさそうに駆け足で帰って行った。
彼の後ろ姿を見送りながら、彼の唇の感覚がまだ残っているのを感じていた。
彼を苦しめている後ろめたさが、無くなったわけではない。
でも、必死に私を想ってくれる、田村くんの優しさが嬉しかった。
月の光が優しく降りてくる。
私の心を少しずつ、解きほどいていくように。