「先生、俺、バス酔いしそうなんで、前の席と替わっていいですか?」
聞きなれた声がして振り向くと、田村くんが俯きながら、私の方へ歩いて来ていた。
「そうなの?じゃあ、ここ空いてるからどうぞ」
「すみません。ありがとうございます」
そう言って、田村くんは私の隣に座った。
私はすんなり彼を隣に座らせたものの、内心ではとても驚いていた。
だって、彼がバスに酔うなんて考えられない話だったから。
この前、実家へ行った時など、彼は長時間バスの後部座席に座っていたが、そんなそぶりはまったく見せなかった。
しかし生徒たちは、そんなことを知らないので、誰一人疑う者はいない。
でもここに一人、別の意味で驚きを隠せない人がいた。
ガイドの安西さんである。
彼女は、田村くんを見るなり、とても驚いた表情を見せた。
そして、その顔が徐々に明るく変化していくのを、私は決して見逃さなかった。
田村くんは、確かに誰が見てもカッコいいイケメン。
おまけに、そこらのイケメン以上にイケメンなのだ。
彼の魅力で、すれ違う人々を魅了し、目が合うだけでときめいてしまう。
それほど彼の容姿は、ずばぬけて素晴らしいと言っても過言ではないのだ。
現に、私の母親でさえ、そうであったのだから。
ましてや、この若いガイドさんが、ときめかないわけがない。
こんなに近くで彼を見ながら、京都までの長い時間一緒に過ごすのだ。
彼女にとって今回の仕事は、今まで経験したことがないくらい、楽しい仕事になるに違いない。
しかし私にとっては、とても不安だった。
彼女が田村くんに何か言ってくるかもしれない。
あるいは、何かを仕掛けてくるとか?
でも私はただの教師、彼女に対して何も言い返すことなんてできるわけがない。
そんな状況のまま、少しも気を抜くことができず、常に緊張状態を保たなくてはいけなくなてしまった。
修学旅行中に、こんなことを考えるなんて、とても不謹慎だと思うが、彼女だってそれは同じ。
安西さんはガイド。
その仕事中にもかかわらず、お客であるうちの生徒を狙っているのだから。
それだって不謹慎だと思う。
なんだか頭が混乱してきた。
これは完全に私の嫉妬。
こんな年下の子相手に嫉妬するなんて・・・。
やはり恋愛に嫉妬はつきものなのか。
そんな中、ふと隣を見ると、田村くんは少しうつむき加減で座っていた。
これも演技なのだろうか。
心配そうに見つめる私に気づいた田村くんは、私の腕にそっと触れた。
そんな小さなことでさえ、うれしいと思える。
しかし、これで彼が嘘をついていることははっきりした。