玄関に入った瞬間、彼の手が私の手をつかんだ。
驚きである。
表情一つ変えなかった彼の手は、何と汗びっしょり。
そのことがわかると、私は少しホッとした。
トップの成績を持つ彼も、実は平気で嘘とつくことができない、純粋な少年だったのだ。
部屋に入ると誰もいない。
いつも座っている筈のソファーにも、父の姿はなかった。
「あれ、お父さんは?」
「お父さんは、お婆ちゃん迎えに駅に行ってるよ。もうすぐ帰って来るんじゃないかしら?ねえ美紗都、、ちょっこっち来てちょうだい」
私は、母の言葉に絶句した。
父たちと会わなかったことに、ただただ感謝した。
もし道でばったり、なんてことにでもなったら、私たちは今ここにはいなかったかも。
考えただけで、背筋がぞーーーっとする。
まあ、うちの中で会ったとしても、変わらなくもないか?
でも、覚悟しているのと、不意にばったりとでは、気持ち的に全く別物かも。
これから父と祖母に会い、どうなるかは想像さえできないが、彼の気持ちを考えると、私以上に緊張していることだろう。
やはり、無謀すぎたかも・・・・、今更複雑な気持ちになる。
そんな彼をリビングに一人残し、私は母の待つ台所へと急いだ。
「ごめんね、急に」
「いいわよ。それより、やっぱり都会の子は違うわね。なんて言うの、洗練されてるっていうか、垢抜けてるっていうか、あの生徒さん、えっと田村君だっけ。なかなかの男前だよね。なんて言ったかしら、この前テレビに出てた、アイドルに似てるわ」
彼に少しの疑いも持っていない母が、鼻歌交じりに、うれしそうにコーヒーを用意している。
そんな母を見て、私は心が痛んだ。
でも今ここで、本当のことは言えない。
私は心の中で何度も、「ごめんなさい」と謝った。
「これも持って行くね」
戸棚のお菓子とコーヒーを持ち、急いでリビング戻る。
田村くんのこともすごく気になっていた。
「おまたせ。喉かわいたでしょ。はい、どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
彼がコーヒーを飲もうとしたと同時に、玄関のドアが開いた。
「ただいまー。お婆ちゃん連れて来たよ」
「これは、これは。おじゃましますよ」
父が祖母を連れて戻ってきたのだ。
また、先ほど同様、緊張が私を襲う。
母は何とかごまかせたものの、父と祖母にも同じことが通用するのだろうか。
私の心配をよそに、彼はおいしそうにコーヒーを飲んでいた。
しかし、その彼も心穏やかではない筈。
とりあえず今は焦っても無駄、ここは一息ついて、慎重に次の行動に出よう!と心の準備でもしているのだろうか?