私が近づくと、彼はゆっくり立ち上がった。
「ねぇ、結果どうだった?」
やはり成績のことは気にしているらしい。
「じゃぁなぜこんなところにいるのよ。成績表はさっき教室で渡しました」
「でも、俺のはここへ持って来てくれたんだろ。ここへ来たってことは、俺がここにいるって思ったからでしょ。でも、こんな雨の日に屋上来る奴なんて、やっぱいないよ。本当、雨はねぇーよな。やっぱ、こういうのって晴れててほしいよな。空も気分も晴れて、ハッピーエンドって感じでさ」
彼は自分の結果に相当な自信があるようだ。
「何で私が、こんなところまで持ってこなきゃいけないのよ」
「そりゃーやっぱ、二人きりのほうが盛り上がるしさぁ。万が一、俺のテンションがあがって、教室でラブシーンなんてのも、どうかなって思うし。そういうのってまずいじゃん。だってこれは、二人だけの秘密なんだし」
じゃぁ、ここで成績表を彼に渡すと、とんでもないことになってしまうってわけ・・・・。
それはまずい。非常ーーーーーにまずい。
「ちょっと待ってよ。もう少し冷静になりましょう。何回も言うようだけど、私は先生、あなたは生徒。私の気持ちは変わらず、あなたのことを生徒としか見れない。だから、たとえあなたがテストで全教科満点を取ったとしても、この話はなかったことにしましょう。それに・・・」
話の途中で、彼が成績表を奪い取った。
「うひょー。俺すげぇーじゃん。本当にやったんだ。はははっ」
雨に濡れることも気にすることなく、目に前ではしゃぎまくっている。
そりゃー、そうしたい気持ちも分からないでもないけど・・・。
そこには、ごく普通の十六歳の少年がいた。
「ミサトチャン、どうこれ、やっぱすごい?」
雨に濡れた髪を、手で払いながら彼が戻ってきた。
私はそんな彼を見ながら、何も言わず黙っていた。
「ミサトチャンの言っていることは、教師としての気持ちだろ。じゃあ、ミサトチャン自身の気持ちはどうなの?もし、教師じゃなかったら、俺のこと好きになってた?俺と付き合ってた?教師と生徒の関係なんて永遠じゃないんだぜ。今だけじゃん。」
痛いところをついてくる。
それだけ彼が優秀なのだが・・・。
彼にそう言われて、何も言い返せない私。
そんな私を見て、彼は続けた。
「ほらね、そうだろ。それってもう俺のこと好きって認めてんじゃないの。自分の気持ちに素直になろうよ」
彼の言葉は私の心をますます揺さぶり始める。
このままではだめだ。
私は彼の話に飲み込まれてしまう。
彼の申し出を認めるわけにはいかない。
だから・・・・・。
私はこの状況においても、自分の本心を必死で隠そうとしていた。
「それは田村君、あなたの想像でしかないでしょ。あなたには申し訳ないけど、やはり私の気持ちは変わらないの。ごめんなさい。この話はもうこれで終わりにしましょう。確かに成績表は渡しましたよ。これからはもうここへは来ないことにするわね。田村君とは教室でだけ会うわ。これからも先生と生徒のいい関係でいたいから」
私はそう言い終えると、雨の中を屋上の扉へ向かって走り出した。
「ちぇっ、素直じゃねぇーの。でも、俺はあきらめないからな」
彼の怒鳴り声が、背後から聞こえた。
その声をかき消すかのように、雨がいっそう激しくなる。
扉が閉まる音が、いつになく大きく響いて聞こえた。
私は胸が苦しかった。
苦しくて、苦しくて、たまらなかった。
自分の気持ちに嘘をついてしまったこと、その嘘を彼に言い続けなければならなかったこと。
この二つに私は苦しめられるのだ、この先ずっと。
しかし、彼の最後の言葉が、今の私を救ってくれた。
今ここで、彼が私のことをすっかり諦めていたら、私の心はどん底につき落とされていたかもしれない。
自分で彼に嘘を言っておきながら、矛盾しているのは百も承知。
しかし、彼のことを好きだという気持ちが日を増すごとに強くなっているのも、事実。
そんな自分勝手な行動に、彼を巻き込んでいることが一番心苦しい。
彼が言うように、素直になりたかった。
しかし、そんなことが許されるほど、世の中は甘くない。