30代の頃は漠然と、この実家を別荘にして、定年し、子育ても終った老後は

都会と田舎の2拠点でのんびり過ごすのもいいなと思っていた私。

40代は生活に忙しく、そんな事も少し忘れていた。

そして40代後半から実家の事をまた考えるようになった。

色々現実が見えてきた。

まず、家の現状。

母屋の状態。

土壁に瓦屋根。前面は全てガラス扉でカギは棒を差し込むタイプだ。

玄関はコンクリートのたたきでおおよそ床から60センチ位の高さに居室部分がある。

それから、むかし囲炉裏だったところを埋めて、リビングにしている。

その部屋だけ30センチ位窪んでいる。

母は少し整理が苦手で、空間があると置いてしまう。

ダイニングが10畳程の広さであるが、そこは床一面に漬けた漬物や

採ってきたけど使わなかったしなびた野菜、ダイニングテーブルの上は

所せましと色々な物が置いてあり、それはすでにテーブルとしての

役割は終えてしまっている。

だから、食事は昔囲炉があった部屋で食べている。

 

昔、父が居たころは、とにかく一日中ひっきりなしに人の出入りがあり

玄関の土間から直接扉一枚で広間(リビング的な)に繋がっているため

見えるところには何もおかない。

一見整理整頓されているようだが、ゴミ屋敷の様なダイニングの状態なのに

リビングはそれが出来るかと言うと、出来る訳がない。

平屋で60坪=約200平米。建坪そのまま位の広さの屋根裏があるのだ。

母は全てそこに放りこんでいる。

玄関脇に1Mほどの小さな扉があり、そこをあけると狭く小さな階段が

屋根裏に続いている。まだそこは開けていない。

なぜなら、うちに玉手箱は存在しないから。

開ける扉全てに人々が忌諱するものが詰まっている。

私はその一つを開けてしまった。

もうこれ以上は安易に開けれない。

 

廊下やダイニングなど板を使用している床は真っ黒だ。

なんだか分からないけど、真っ黒で汚い。

油汚れの様な?水のシミ?よく分からないけど、見た目も汚いし

靴下は足裏が薄茶になる。

 

畳の部屋は大体絨毯が敷いてある。

だけど、歩くとブカブカする。

 

襖やドア、障子、ガラス戸、押入れなどは全てきちんと閉まらない。

だから襖も全開にしておく。

扉も閉まらないだけでなく、閉めてなかに押し込んでも、また開いてしまう。

作り付けのキッチン収納扉も例外ではない。

上も、下も全てきちんと閉まらずに3センチ位全部開いている。

 

 

日当たりの悪い部屋は除湿剤から水がすぐに溢れてしまい

押入れの中はカビ臭がする。

 

風通しをよくし、換気しないと柱に白いカビの様な物が生えてきてしまう。

 

今年はカメムシが家の中にウジャウジャ入り込んできた。

天井から、床から、壁から、どこからともなく湧いてくる。

恐らく、家自体が隙間だらけなのだろう。

 

 

よく考えてみたらもう築100年だ。

母は「古民家が今人気で都会から買いに来る人がいるようだ」

なんて、夢みたいな事を言っている。

 

「古民家」と「ボロ屋」は全然違う。

適切な時期に、適切に手入れをしなければ、ボロ屋になってしまう。

うちはただの「ボロ屋」だ。

思い出してみると、祖父母、父が亡くなってから加速度的に

家がダメになった気がする。

私も年一回位しか帰省しない。家族がいて、子供にお金もかかるし

そもそも、母から電話も手紙もないし、こちらから電話しても

大抵2分以内に切ってしまう。子供との会話もそう。

我が家に誘っても来た事もなければ、お食い初め、七五三、

運動会、お遊戯会、旅行、食事1つも一緒にした事がなかった。

だから、うちの子も話したがらないし、行きたがりもしない。

なので、子供主体の生活の時は実家は殆ど忘れていた。