昨日の今日でアレなんですが

この際、家系図なるものを作ろうと、昨日から作っています

で、もう1度、ちゃんと戸籍に目を通すと

僕から見て曽祖父母の出生が明治7年なんですね

ということは7年前までは江戸時代だったんですよ

 

日韓併合は明治43年で台湾統治でさえ明治28年ですから

母方の先祖は紛れもなく日本人だと改めて分かりました

 

「おかっちゃん、ごめん」

m(_ _;)m

 

父方の先祖、まあ、僕の苗字なんですが

かの有名な戦国大名なんですけれども、実は祖父がそこへ婿養子に入っていて

しかも、婿入りした家の嫁さんが2年後に亡くなっており

祖父は婿入り前の本名に戻さず、そのままの苗字で

後妻(父の実母)をめとっているので

血縁関係は一切、ありません

ニコニコ

 

 

父方の(僕から見て)祖母はだいぶ早くに亡くなっているのですが

祖父は昭和33年頃だったかな、それくらいで亡くなっているので

父がもっと、早くに母と結婚していれば、祖父に会えてたかも知れません

しかし、早く結婚していれば母と出会ってなかったので

僕はこの世に生まれなかったですね

笑

 

母は日中戦争が始まった年に生まれており

大変な子供時代を過ごしております

ゲッソリ

 

 

父は病弱だった為に兵役を免れたものの満州国に渡り働いていたそうです

 

戦争の真っ只中、激動の時代に生きていたんですね

 

東京裁判が連合軍が作ったデタラメなシナリオと知るのは

ほんと、ここ最近(2~3年)のことで

父がまだ生きていた頃に僕はひどい事を言ってしまった事を後悔しています

ぐすん

 

 

デタラメな戦後教育の洗脳のせいで父の口から真実を話して貰える機会を失った

それに恐らく、戦後、箝口令(かんこうれい...他人に話すことを禁じる命令)により

戦前や戦時中の事を父は口をつぐんでいたのだろう

 

僕と同世代、また、それ以上の世代、50歳代後半から上の方で

両親が健在でおられるなら戦時中の話を是非、聞いて下さい

 

恐らく、これが最後でしょう

あと、10年経つと戦争を知る世代がいなくなるかと思います

 

 

今日は建国記念日ですが

「紀元節」という歌があります