葬儀翌日。子どもを保育園に送り、
家で少しだけ仕事をする。
無理をしようとすると、PCがブラックアウトし、
自分が何か強烈な電磁波を出しているのか、それとも叔父が無理をするなと言ってくれているのか、
などと想像しながら、とりあえず気分転換に駅前に行くことを計画する。
でもその前にここ数日のことをつぶさに記録しておきたいと思い、筆をとった。
ちなみに子どもを保育園に送った後は、買い物に行ったり、自転車で散歩したりした。
往路(新しい道を突き進んでいるとき)と復路(こんな道通ったっけ?)では景色が違って見えた。
買い物から帰ってきて、
1日経つと見えたことがあって、悲しくて泣いた。
昨日夫に話したように、自分ならどうにかできたのではないか、という烏滸がましいことは思っていない。
でも、私ならできたのに、ためらってしなかった。
という思いが私を苦しめた。
父母は、その性格もあって、特に行動力がある人達ではないと思うので、
あれ以上のことはできなかったと思う。
私は、行動力もあって、人生の楽しみ方を知っていたのに、
美味しいものも知っていて、良い整体師も知っていて、
腰が治ったかどうかも分からないし、その整体師も「僕では…無理です」といったかもしれないし、
そもそも県をひとつ超えて私が居住する県の街中に通うなんてことは、
現実的にできたかわからないし、提案していたとしても乗り気になったかは分からないけど、
すべてをどうにかできたかもしれない、
できなかったとしても、自分にできる精一杯のことはやれたかもしれない。
私は、できたのに、やらなかったんだ。
罪悪感があるとかではない。
所詮私の行動力だってその程度だ。
でも、あの「宙ごはん」という優しい小説を読んでしまったから。
私は、生きている私は今自分にできることをするしかない。
でも、出棺のときの青ざめた姿や、
元気な時の笑っている顔が、脳裏から消えないんだ。
安室奈美恵を最近聴いているって話していたこととか、
親の場合は、最近面白かった大河ドラマの話をしていた時の姿とかが。
でも私は生きていく。
できれば、同じような孤独な独居男性、老人、
人生の楽しみが失われてしまった人を、救うなんて言わない、こんな楽しみがあるよと、
情報提供するくらいしかできない、見てもらえるかもわからない。
でも私がやっていることは、傍からみると楽しそうに見えるらしいのだ。
だから、私が放つ光で、周りを照らすことができたらと思う。