AIの進化によって、「課題を定義する力」の重要性が増してきた

●連載:グッドパッチとUXの話をしようか

【画像】その課題、本当に正しい? 是枝作品に学ぶ、AI時代に「課題を定義する力」の鍛え方

 

「あの商品はどうして人気?」「あのブームはなぜ起きた?」その裏側にはユーザーの心を掴む仕掛けがある──。この連載では、アプリやサービスのユーザー体験(UX)を考える専門家、グッドパッチのUXデザイナーが今話題のサービスやプロダクトをUXの視点で解説。マーケティングにも生きる、UXの心得をお届けします。

 

 AI活用が各所で進み、「AIに何を任せ、人は何を担うのか」という議論が活発になっています。AIは「定義された課題を解くこと」が非常に得意です。そうした中、人には「何を課題と捉えるのか」を見極める力が、これまで以上に求められるようになりました。

 

 筆者は、UI/UXデザインに強みをもち、企業変革支援やブランド体験デザイン、ソフトウェア開発などを手掛けるグッドパッチという会社で、社員にUXデザインを教えています。その中で特に難しいと感じるのが「課題を定義する方法」の伝え方です。

 

 筆者がよく話すのは「課題は事実ではなく、解釈である」ということです。自分たちの解釈を“正しい課題”だと思い込んでしまうと、本当に解くべき問題からずれてしまうことがあるからです。

 不思議なもので、それを強く実感させられたのはUXデザインに向き合っている瞬間ではなく、是枝裕和監督の映画『怪物』を見たときでした。

 

 本作は、湖のある街の小学校を舞台に、そこで起きた出来事を「母親」「担任教師」「子どもたち」という3つの視点から描いた作品です。同じ出来事であっても、視点が変わるたびに、その意味合いは大きく変わっていきます。

 特に印象的だったのは、冒頭で描かれる母親の視点です。彼女は、息子の言動から「学校で何か問題が起きている」と考え、息子を守ろうと行動します。しかし物語が進むにつれ、自分が課題だと捉えていたものが、本当にそうだったのかが揺らいでいきます。

 

 筆者自身、UXデザインや社員の育成といった仕事の場では「自分の視点だけで課題を決めつけないこと」を強く意識しています。それが、こと子どもに対しては、作品で描かれている母親のように、自分の視点で得た情報や解釈だけで判断しているかもしれない、と気付かされました。

 

●「Aさん、最近やる気がないように見える」 本当の課題は?

 似たような出来事は、ビジネスの現場でもよく見られます。

 

 例えば、チームのAさんのパフォーマンスが、ここ数カ月で明らかに落ちていたとします。上司は「最近やる気がないんじゃないか」と感じ、1on1で「もっと主体的に動いてほしい」と伝えました。Aさんは「分かりました」と言いますが、その後しばらく様子を見ていても、状況が改善される様子はありません。

 

 別部署のBさんから話を聞くと、Aさんはその部署との連携業務で行き詰まっていたことが分かりました。誰に相談すればいいか分からず、「こんなことを言えば、評価が下がるかも」と思い、上司に打ち明けられなかったのです。

 

 上司が感じた「パフォーマンスが落ちている」は事実です。しかし「やる気の問題だ」と捉えたのは、あくまで上司の解釈。本当の課題は「本人の意欲」ではなく、「相談しづらい環境」にあったのかもしれません。

 「事実」と「解釈」は別物です。「パフォーマンスが落ちた」は事実。「やる気がない」は解釈です。この2つを混同したまま課題を定義してしまうと、本来解く必要がない問題に時間を使ってしまうことになります。

 

 『怪物』でも似た構図が描かれています。物語の中盤、担任教師は、子どもたちをめぐる出来事について、自分が見えていたものだけで判断していたことに気付きます。それまで「問題」だと思っていたことが、別の視点から見ると全く違う意味を持っていたのです。

 

 「自分の前提が間違っているかもしれない」と考えることは、簡単ではありません。頭では理解していても、人はつい、自分が最初に見た景色や、自分にとって自然な解釈を「正しいもの」として扱ってしまいます。

 

●UXデザインに学ぶ、課題定義のコツ

 われわれUXデザイナーは「自分たちには必ずバイアス(偏見)がある」「ユーザーを完全に理解することはできない」という前提で課題に向き合っています。それでも無意識の決めつけは起こります。だからこそ、現場では意識的に「自分の見方を疑うこと」を重視しています。

 

 まず大切にしているのは、「これが課題ではないか」という仮説を多角的に検証することです。仮説を立てた段階で「本当にこの捉え方でいいのか」と何度も自分に問い直します。筋のいい仮説にできるかどうかで、検証の際に得られる示唆の深みが大きく変わるからです。検証の過程でも、自分の仮説に合う情報だけを拾っていないか、都合よく解釈していないかを意識し続けます。

 

 もう一つ重視しているのは「表面に出てくる課題ほど、本質とは違うところにある」と、考えることです。クライアントが語る悩みやユーザーインタビューで出てくる困りごとは、多くの場合、氷山の一角にすぎません。

 なぜなら、人は自分の状況や感情を短時間で正確に言語化できるわけではないからです。そのため、UXデザイナーは言葉そのものだけでなく、その奥や裏にある文脈やインサイトを想像することから始めます。

 

 そこで重要になるのが、できる限り多くの情報を集めることです。その上で、1つの事実を複数の視点から整理し、構造的に捉える。さらに、AIによって生まれた時間を使って現場に足を運び、一次情報や、その場でしか得られない感覚的な情報を取りに行く。そうした積み重ねによって初めて、表面的な言葉の奥にある本当の課題が少しずつ見えてくるのだと思います。

 

●AIが賢くなるにつれ、人による「課題定義」は重要になる

 AIに何を任せ、何を人間が担うのか。是枝監督の映画を観ていると、その答えの一端が見えてくる気がします。『怪物』では「怪物は誰か」を観客に問いかけたまま、明確な結論は提示されていません。派手なクライマックスや善悪を断定するような描き方もしない。同じ出来事が視点によって全く異なる姿を見せる中で、観客は自分の解釈を持ち込み、考え続けることになります。実際、SNSには映画の解釈を発信する人が多くいました。

 

 AIが賢くなるほど、「何を問題と定義するか」という人間の判断の重みは増していきます。そしてビジネスの現場では、自分たちの解釈が本当に正しいのか、ユーザーとの間に認識のズレが生じていないかを、問い直し続ける姿勢がこれまで以上に重要になるのでしょう。

 

 今、あなたが解決しようとしている課題は、本当に解くべき課題でしょうか?

 

●著者紹介:秋野比彩美

株式会社グッドパッチ UXデザイナー。ヤフーでUIデザイナーとしてキャリアをスタートし、トップページの事業責任者を経験した後、大手通信企業のグループ会社でUXデザイナー兼組織マネージャーとして、クオリティー管理、UXデザイナーの採用と育成に取り組む。グッドパッチにUXデザイナーとして入社し、ユーザーリサーチ領域をリード。UXデザイナーの育成やビジネスにおけるUXデザインの啓蒙にも携わっている。趣味は飼っているうさぎを愛でながら、ビールを飲むこと。

 

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