来月は七夕か。
その2ヶ月後には一周忌。
毎日ニュースになるならないにせよ、自殺、事故、殺人、戦争、病死…
いろんなことが起きている。
世界全体では1秒に2人
日本では20秒に1人が亡くなっていると言われている。
でも、自分の身近なところに関係ないと全て他人事で、へぇーそうなんだ。ぐらいだと思う。
私も自分が30代で自死遺族になるとは思わなかった。
しかも突然に。
警察に呼ばれ遺体の確認に行った後の記憶があまりない。葬儀や手続き、関係各所への説明におわれて悲しむ暇もなかった。
ふと落ち着いた1ヶ月後ぐらいに、いつもの朝の大きな声でのおはよう!!が聞こえてこないことや、一方的な雑学トークBGMがないことを実感してきた。
子供の成長を一緒に見ることもない。
歳を取らない誕生日に仏壇に何を供えようか考えながら、これから先私たちは同級生ではなく、歳の差が出来ていくんだなと思うと少し切ない。
バレンタインも誕生日もクリスマスも結婚記念日も、適当にやり過ごして、何もしてこなったのにね。
今さら、なにを供えようか考えている自分が不思議。
もう何がほしいかも聞けないのにね。
だけど、けいくんはきっと仏壇の前でこんなふうに、しおらしくしていてほしい訳じゃないんだろうなと思う。
「りさちゃんには笑っていてほしい。」無表情であまり笑わない、自分の気持ちを言葉にするのが下手な私にいつも言っていたね。
夫が亡くなったのに、ポリアモリーという奇妙な生活を続け、たまに自宅前はダンスやイベント、コスプレでお祭り騒ぎになるし、週末はホームパーティーを行うこともある。
それを良く思わない人もいて、あそこの奥さんが色狂して旦那が死んだって言われることもある。
シングルで大人しく死別遺族として慎ましく生きることが多くの人々が選択する生き方だったかもしれない。
誰もが鬱病の私の方が先に逝くと思っていた。私自身もそう。人生には青天の霹靂ってことがあるんだなと思い知った。
実はドッキリでした!!とかいって帰ってくるんじゃないかと思ったこともあったけど、もうすぐ一年にもなれば、それはないとわかった。
夢で会えば宝くじのことしか言わないし、まぁそれなりにあの世でも空気を読まずに楽しくやっているんだろうね。
私もこの世で悪あがきを続けているよ。
認知症やせん妄、不穏で暴れている患者さんへの薬の処方の3倍量の安定剤を飲みながらね。
たまにもう夏は越せなくてもいいかなって思ったりもするけど、子供たちやオジサンたち、数少ない理解ある友人たちのことを思うとね。
日常を崩さないこと、好きに生きること、自分が気楽な場所で過ごすことだけを考えて、ゆるーく生きていこうかな。
だからえいと、ちょっと顔見せにおいでよ。
私が明日も生きている保証はどこにもないよ?
あの時Siri出しておけば良かったって後悔してもしらないからね。
なーんてね。
冗談冗談。
大切な人が明日も普通に生きている保証は誰にもないからねって話。