Buenos dias!
¿Cómo amaneció?
児童文化研究者
miyata.です。
・・・L・L・ジエーンズの家族!(中央椅子の人がジエーンズ)・・・
・・・・・それでは小泉八雲による、
徳川家康2箇条の言葉のつづきから・・・・・
…………………………………・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・その後また、彼が最も富める時代に、
彼のお台所があまりにしばしば、
彼のために新服をしつらえるのを、
叱って言った言葉があると聞いている。
「わしは、四方(よも)の民のことを思い、
わしのあとにつづく子孫のことを思うと、
持ち物なども、
よくよく倹約にするが身のつとめと思うぞ・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!
こういったものの考え方は、
戦前までの日本人の誰もが持っており、
戦後には、残念ながらほとんどの日本人が、
さっさと打ち捨ててしまったもののように思います。
社会原理の成り立ちが、
いかに二の舞を踏まなければ、
治まらないように出来ているとは言え、
私は、八雲によって教えられた日本人の美質を、
百年以上経った今日、
(今や遅すぎるような気もするけれども)
改めて学び直さなければならない時が、
来ているように思います。
それは今から遡ること百三年も前に、
多分同じような思いから書かれたであろう、
小泉八雲の「極東の将来」には、
次のようなことが述べられています。
「私は《九州精神》とよばれてきたものが、
なんであるかについて考えてきた。
そして遠い昔から、
素朴なマナーや正直な心を大切にする、
生活信条が熊本の美徳であったと聞き及んでいる。
もしそうならば、私は確信を持ってこう申し述べたい。
日本が将来、権威ある国としての地位を、
存続することが出来るかどうかは、
この九州あるいは熊本精神を、
持ち続けることができるかどうかにかかっている。
熊本精神とは・・・それは、
簡易・善良・素朴を愛し、
日常生活において、
無用の贅沢と浪費とをつつしむ精神である。」と・・・・・!
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小泉八雲は、
熊本第五高等学校を去るにあたって、
自分の生徒たちにこの言葉を切々と言い残しました。
八雲は、文明国から来ていたからこそ、
百三年後の日本の姿をはっきりと見ることが出来、
それに対して警鈴を発することが出来たのです。
又、その日から百年が経った、三年前のある日の熊本で、
図らずも私は・・・・・・・・!
それではまたのちほど・・・・・・・・・・・・・・・・・・!
¡Hasta luego!
Nos vemos mañana!!!
児童文化研究者
miyata.でした。![]()
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↓は、私の絵本です。覗いてみてくださいネ!!!
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