Buenos dias!
Como amanecio!!!
児童文化研究者
miyata.です。
ことほどさように漱石は、
寅彦から聞いた話をもとに、
小説の1場面を描き出すような事もありましたが、
逆に、
漱石は寅彦が危機一髪の窮地に陥った時、
素早い機転と行動で助け船を出しています。
それは本当にすれすれの時間差で、
寅彦が世界の発明王になるかどうかの瀬戸際・・・
みたいな話なのです。
さてそれは、・・・
今から113年前、(1907年)7月14日、
40歳になった漱石のもとに、
門下生で物理学者の寅彦が、
あわてふためいてやってきました。
寅彦は漱石の前に読売新聞を広げ、
「一本軌道の電車」、
という見出しの記事を指し示しました。
漱石が読んでみると、
オーストリアのブレナンという科学者が発明した、
単軌鉄道(モノレール)を紹介している記事でした。
「この新しい発明の鉄道は、
今まで2本レールで走っていたものを1本にして、
摩擦を軽くしたため、
今までより速く走る事ができる・・・
けれども車体のバランスを保つ事が難しい。
さてそれを自分は、
ジャイロスコープという装置を使って、
問題を克服した。」
というような内容でした。
ところが寅彦はその1週間ほど前、
同じような内容の読みものを書いて、
漱石を通じて東京朝日新聞に提供していたのです。
寅彦自身早くしないと時間遅れになる恐れがある・・・
という事も伝えてありました。
さて、読売新聞に先を越されたのは、
ほとほと残念でしたが、
それよりもこのことに気づかず、
朝日新聞がこの記事を載せてしまった場合、
両方を読んだ人々がどう思うか!
それよりも、寅彦自身が読売新聞を見て、
盗作でもしたように誤解される恐れさへあったのです。
漱石は即、
朝日新聞にこの顛末を知らせました。
寅彦の随筆「ラムプ(ランプ)のいろいろ」が、
朝日に掲載されたのは
この翌日!
これもすでに提出済の原稿でしたから、
漱石の進言によって急遽、
差し替えがなされたものと思われます。
(記事は部分的に、朝日新聞社様にお借りしました。)
ま~!兎にも角にも、このころから、
寅彦の科学随筆の、
名手としての歩みが始まったのです。
それでは今日はこのへんで・・
Hastal luego!
Nos vemos manana!!!
児童文化研究者
miyata.でした。![]()
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