uenos dias!!!
¿Cómo amaneció?
児童文化研究者
miyata.です。
↑は、韓国のお札です。
お札の写真の方は、李 退渓(イ テゲ)(韓国儒学者・朱子学者)
(韓国旅行の際、偶然いただいたおつりが「李退渓」だったので、
大切に保管していたものです。)
横井小楠からいきなり何で李 退渓(日本では普通、リ タイケイ)・・・かと言いますと、不思議な訳があるのです。
実は、紙芝居「横井小楠の生涯」を、
春日小学校様お買い上げの折、
なぜ、こういう流れになったのか、
その時はその意味が、まだ分かりませんでした。
子供たちが食べる学校給食を、
校長室で校長先生と一緒におごちそうになり、
その後、
私が校長先生の前で紙芝居を演じました。
そして一連の手続きが済んで、
暇を頂いている時、
校長先生が私に、
一冊の冊子を手渡されました。
↓この冊子です。
そして、こう言われました。
「春日小学校の体育館西側、
万日山の中腹に、
大塚退野先生のお墓があります。」と!・・・
この冊子を紐解いてみると、
子供向けにかみ砕いた文章で、
次のような事が書かれていました。
「大塚退野先生の学問、教えは、
熊本の地から、
日本の新しい時代を築いた人たちに、
大きな影響を与えたと言われています。
この冊子を読んで、
大塚退野先生の生き方を学ぶことで、
自分自身を見つめ直す良い機会となるはずです。・・・
どうか、この郷土読本を一度とはいわず、
二度、三度と読んでいただき、
熊本の先人の偉大さを知り、
その先人と縁のある春日小学校や、
春日校区を誇りに思い、
もっと郷土を好きになってほしいと思います。」と・・・
平たく言えばこうです。
まず、韓国の代表的儒学者に、
李退渓がいました。
退渓は儒学の中にある、
朱子学の意味を悟っていました。
そもそも朱子学は中国宋の時代に、
朱子という人が、
孔子や孟子の教えなどを、
勉強・・・研鑽し、
それを分かりやすくまとめたものです。
朱子は、孔子に始まる儒学を深く読み解き、
学問を始める時はまず「大学」から始め、
「論語」「孟子」「中庸」と進めるよう教え、
これらをひっくるめて「四書」と名付け、
儒学の要の本という位置付けをしました。
つまり、朱子学が中国から韓国に伝わり、
李退渓によって、
人間の心の学問として深く磨かれていきました。
大塚退野は、その李退渓が書き興した、
「自省録」更には「朱子書節要」を読み、
朱子学の意味を悟った・・という訳です。
(大塚退野は本名は又十郎と言いましたが、
李退渓の字を一字頂き、
退野・・・とした事からも、
その傾倒ぶりがうかがえます。)
さて、時代は進み、大塚退野の門人に、
藪弧山という朱子学者がいました。
この人が、肥後藩の時習館という学舎で、
二代目教授を務めていました。
そして、この人に学んだのが、つまり、
横井小楠だったという訳です。
(あ~!やっと横井小楠に辿りつきました!)
と、そういう訳で、小楠が、大塚退野の学問を慕う書が、
「横井小楠記念館」展示室に、
今も掲げられています。
それでは今日はこのへんで・・・
¡Hasta luego!
Nos vemos mañana!!!
児童文化研究者
miyata.でした。![]()
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