元々、母は頑固なところもありました。
だから、自分がこうだと決めたことは曲げないし、こちらの方が正しいはずの事でも、絶対正さないことがありました。
なので、私はよく不道理な流れになることが嫌で母とは喧嘩をしました。
だから、病気の症状とはなかなか気づかず、喧嘩をとことんやれば相手も理解して折れてくれると思っていたのです。
若かったからね…。
とにかく、自分が決めたことや思ったことは押し通すのが、性格でもあり、また病気でもあるのです。
この境い目は、未だに判断が難しいと思っていること。
この時期はまだ、双極性障害であることは知らなかったので、余計、言葉で攻めればなんとかわかってくれると思い込んでいたし、わかってくれないと、どうしたら理解してくれるのか、次の戦略方法を考え、乗り切る手段を考えていました。
だから、体調が少しよくなれば薬も飲まなくなるし、病院も行きたがらない….。
薬を飲み切らないまま、次の受診日を迎えることになるのです。