『さよならマエストロ』和解の“親子セッション”に涙腺崩壊 ネット「神回」「芦田愛菜がやっと笑った!」(オリコン) - Yahoo!ニュース

 

ドラマ『さよならマエストロ』、主人公の父娘の和解の回

この親子の間に一体何があったのかがやっと明らかにされて

ヤフコメ等を見ると、感動したと絶賛する声の中に

それくらいの事でここまで不仲になったのかと感じる向きも見られる。

 

自分も父(指揮者・俊平)が娘(ヴァイオリニストを志していた)に対して意外なほどに“悪くなかった”ことに少し驚いた。

父との音楽の才能の差を感じてもがき苦しみ抜き、コンクールのセミファイナルステージでやっと成し得た会心の演奏

娘も家族たちもその成果に喝采して喜んでいる所へ

急な代役ステージで別会場へと急ぐことになった俊平が娘の演奏を称賛しながらも

最後の去り際に言った「あの部分だけ、こうすればもっと良くなるよ」というアドバイス

娘はそれに愕然として一転心折れ、結局音楽への道を閉ざしてしまうのだが

そのアドバイス、全然悪くない。コンクールの最終審査のステージを控えている状況なら1位を獲るためにも有益で具体的な助言だったと思うし(前掲記事中では “ダメ出し”と書かれているが、そんなものではない)

父としても娘の成長を十分祝福した上でのことだし、冷たく厳酷な態度は全くなく、落ち度と言える点もない。

けれども、それほどまで追い詰められていて安堵と自信回復のきっかけを直ちに失ってしまった娘の心も理解できる。

誰かが特別悪かった訳でもないのに、俊平はこれまで随分と家族から責められてきたなぁと。彼自身も娘へ及ぼした結果に傷つき、指揮者として獲得していた地位を全て放棄する事にまでなっているのに。

 

クラシック音楽を追究する道は一生涯続く険しいものだし、素晴らしい演奏が出来てもなお課題があるのは当然のこと。

その道に身を置く者としての当然の覚悟をその時には見失っていたということだろうか(あまりそういうことは言いたくないけど)。音楽の道の上では確かに「それくらいの事」ではある。

誰からも責められていないのに散々自分で自分を責めて否定して、自分に対するスパルタしごきを課しておきながら、他者からまともな指摘をほんの少し受けただけで自分が崩壊してしまうというのは明らかに本人に問題がある。

音楽をプレイする余裕を失っていたことには間違いないだろうけれども。音楽するには厳しさと余裕、どっちも必要だから。難しい。

 

第9楽章 父と娘のアパッシオナート | TVer

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個人的には、前回の俊平の里帰り、野球を捨てて音楽の道へ進む俊平を勘当した父親と数十年ぶりに対峙する場面

あの、結局俊平へエールを送る父親の表情=柄本明の演技には打たれた(野球場だけに←)。あんな表情、芝居でできない😢

(これまでいろいろと難あってこのドラマに対する視聴意欲が薄れていたが、あの演技が救ってくれた。この回も観る前までは、ただでさえこじれた家族関係の話なのに、勘当されてる昭和の頑固親父に会いに行くとか古臭い余計な設定のエピソードだと思っていたから、演技力で完全に覆された。マイナス100が0になった)。