夫は変わらない

私も変わらない


夫の変わらない、変えられない部分が嫌で、

私が私らしく生きられないのであれば、

離婚も選択肢として考える。


そう覚悟を決めているのに、


話し合いをしたら、

夫が分かってくれるのではないか、

変わってくれるのではないか、

と少なからず期待している自分がいる。


でも、散々、話し合いをして、

変わらなかったでしょ。

と、自分で思い直し、

揺れている。



以下、忘れないために、「タフラブ」抜粋メモ。


「私」には理解できない「あなた」がいることを認めないところから、

いろいろな問題が起こっていることに、

なぜ気づかないのだろう。


「話せば、理解し合える」

「私たちは理解し合っている」

などとよく言うが、

よくよく考えてみれば、

どちらかが一方的に「理解されられている」場合が多い。

理解し合うために話し合う、と言いつつも、自分の論理を相手に理解させようと強要している場合が多い。


声にならない声で「それは違う」と叫びながらも

包み込まれてしまった人は、

もやもやしたものが頭の中でうごめき、

当分の間、言いようのない不快感に苛まれる。

そして、時にそれは憎悪へと変わる。