八月の終わりは、雷がよく鳴っていました。


義父の具合も悪くなっていくのと同じように。


私が月曜日に見舞いに行ったときは、話もできました。


妹が水曜日に行ったときは、食べたいと言ったものが


美味しくなくて怒鳴られ、毒舌もはいていました。


家内と息子が木曜日に行ったときは、息子が詩を読んであげて


聞いていました。「勉強、頑張れ。」と言ってもらえて、二人の時間が持てました。


金曜日、妹と甥っ子で行き、普段ならかわいがるのに、「うるさい。」と言われ、


土曜日に、下の方から出血し、「昭和天皇と一緒だ。」と言う言葉を残し、


それからほとんど話もしなくなって、というか、聞き取れなくなって、


日曜日、みんなが集まり、みんなで声をかけ、


聞いているみたいでした。あと、1、2時間くらいと言われ


それでも、サザエさんがテレビでやっている頃に


静かに息をひきとりました。


一週間でこんなに急に・・・


さすがに、こういう報告を毎日かけませんでした。


また、これを読んでく下さる知り合いの(家族も)方にも


心配をかけることになるので、あえてその日の報告は避けました。


あと、本人も友達にも兄弟にも「病院には来てもらいたくない。」


言っており、亡くなっても知らせないでほしいと言う意向でしたので、


亡くなってもお知らせを遅らせました。申し訳ありません。


でも、本当に急でしたので、私達もバタバタとおろおろとしているだけで


すぐに逝ってしまいました。8月31日。いい天気でした。


その日から、東京・神奈川では、晴れています。


病気と闘っていた義父は、今は楽になったことでしょう。


2日、家族と親族だけでお通夜、3日、告別式を終え


昨日、遺骨になって家に帰ってきました。


こんな形になって帰ってくるとは思ってもみなかったでしょう。


ある程度なんとかなって、車いすにでもいいからいったん帰って


散歩でも行こうと思っていたと思います。


せめてそれだけでもかなえてあげたかったです。


人の死がこんなに身近にあっこと、それに対して


私は何もできずに ただ、見守るしかできなかったことを、ここに記します。



読んで下さってありがとうございます。